れんやのたんぺんしゅ〜★
汝、我を呼ぶは……※r18





chapter:汝、我を呼ぶは……






 りんりん、と澄んだ音色を奏でる風鈴は、青みがかった南部鉄使用のものだ。

 明日から一週間、会社が盆休みに入るからと、調子に乗って骨董屋で一万円もする高価なものを買ってきてしまった。

 南部風鈴なんて骨董品で買わなくても、通販でも大体七百円前後で買える。けれどもその風鈴を前にするとどうしても物欲が抑えられず、欲しくなり、勢い余って買ってしまった。


 俺の家である、庭付きの広い一軒家は、亡き父が残してくれたもので、一人で住むには十分すぎる。

 母は父が亡くなるとすぐに他の男を見つけ、家を出て行った。

 そんな家庭に育ったからなのか、俺は女性を信用することができない。

 カミングアウトをすると、俺は同性愛者だ。

 かといって、俺の見た目はごくごく普通なよくある日本人特有の顔だ。美形でもなんでもない。

 だからこの性癖を誰かに言えることもなく、日々を悶々と過ごしている。

 俺が隠れゲイになったのも、もしかすると幼いながらに母のそういう雰囲気を何かしら感じ取っていたからなのかもしれない。

 そんな俺だけど、好みの人がいても世間体を気にして告白なんてできない。自分の性癖に気がついたのは中学生の時で、気がつけば同性ばかりを目で追っていた。

 同性愛は昔とは違って、今はオープンになりつつある。俺と同じ性癖が集うバーに行けば、少しは出会いもあるのだろうが、臆病な性格から行動できず、恋人がいない。今も天涯孤独だ。


 普段は出社することもあって、慌ただしく毎日が過ぎていき、何も感じないが、こうして何もすることもなくなれば、ひとりきりが寂しいと感じてしまう。


 寂し紛れに、買ってきた南部風鈴を鳴らしてみる。


 ……りん。

 心地良い静かな音色が殺風景な部屋に広がる。


 俺はその音がもっと聞きたくて、風鈴を揺らす。

 俺の手の動きに振動して、もう一度、心地好い澄んだ音色が聞こえてきた。


 懲りずに幾度となく繰り返していると、突然、風鈴が目を開けていられないくらいの強烈な光を放った。

「うわっ!」

 眩しくて目を閉ざし、何事かと光が治まったのと同時に目を開ければ――。


「我を呼んだのは汝か?」

 ひとりきりの、十畳ものだだっ広い部屋。

 聞こえてきたのは、自分のものではない。年の頃なら自分とさして変わらない、三十前後の低い男性の声だった。


 びっくりして目を瞬かせ、真正面を見やれば、そこには俺よりも頭ひとつ分は背の高い、まるで中世ヨーロッパ風の、どこぞの映画の撮影に行ってきました的な、銀の鎧を身にまとった、男性が立っていた。


 鋭い一重の目は、吸い込まれてしまいそうな翡翠色。腰まである髪は波打っている。けっして細身ではないものの、無駄な筋肉はついておらず、美しい顔と均衡がとれている。



 いったい自分の身に何が起こっているのか。

 口をあんぐりと開けて、目の前にいる美しい彼を見つめていると、相手はふたたび、薄い唇を開いた。


「なるほど、アフロディテの予言は誠であったか」

「うわっ!」

 唖然としている俺の体が宙に浮く。

 びっくりして声を上げると、目の前には翡翠の瞳が俺を写している。

 なに? なんで俺は今、お姫様抱っこなんてされてるわけ?

「我を呼び覚ました最愛なる、我妻よ」


「なっ?」

 アフロディテ? 妻? 呼び覚ます? いったい何のこと?

 声を上げる隙さえも作らせず、彼は俺のファーストキスを奪った。


 夏の暑さにでもやられたのかもしれない。きっと夢でも見ているのだろう。

 頬を抓(つね)ってみても、痛いだけで、景色は変わらず、目の前にはコスプレ男性がいるばかりだ。


「あ、あのっ!!」

「我が名はボルディア。これからよろしく頼むぞ、美しい人よ」

 薄い唇が俺の額に触れた。


「ふああ……」


 目の前がグルグルする。俺の頭は考えるのを拒絶し、意識を飛ばした。


 ふたたび目を覚ました時、ベッドの上で鎧を脱いだボルディアのたくましい腕に包まれ、今日、何度目かになるパニックを起こしたのは言うまでもない。



 **Fin ?**


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