chapter:押しに押されて流されて 「まあ、飲みたまえ」 「はあ……」 硝子製のテーブルを挟んで二人掛けの座り心地の良い立派なソファーが向かい合わせになっている。 十帖はかるくあるだろうここは、俺が通う高校の生徒会室。 だけど俺は生徒会の人間じゃない。 図書委員だ。それも図書委員長ではなく、一般的な下っ端のごくごく普通な底辺を歩く人間にすぎない。 それで、どうして生徒会とは無縁の一般学生がこの部屋にいるのかというと、会長が俺を呼んだからだ。 ……んで、その会長っていうのが、目の前のソファーで長い足を組み、のんびりと紅茶をすすっている彼――俺よりもひとつ年上の三年、飛鳥 縁(あすか えにし)さんだったりする。 俺は会長に差しだされた紅茶に手を伸ばす。 真っ白なティーセットの端には金縁がほどこされ、とても優雅だ。 綺麗なティーカップに口をつけ、紅茶を含めば、苦みのない優しい味が口内に広がった。 「……美味しい」 「気に入った? 茶葉はオーガニックでね? 紅茶専門の喫茶店から取り寄せたものなんだよ」 にっこり微笑むその笑顔が眩しい。 茶色の髪は、彼の背後にある窓から差し込む太陽の光を受け、後光のように輝いている。 はしばみ色の瞳は澄み、象牙の肌となじんでいる。 生徒会の人間はイケメンだと女子にとても人気で、会長はそのイケメンさから一番人気を誇っている。 俺は会長のあまりのイケメンさに直視できなくて、紅茶に視線を落とした。飴色の綺麗な紅茶は俺の困惑気味な表情を映し出している。 「何故、私が君をここへ呼んだのか、だったね」 「……はい」 飴色をした紅茶を見つめながら、コクンと頷く。 会長の視線に耐えられなくなって、ティーカップを持ち上げた。またひと口、紅茶を口に入れる。 その瞬間だ。 薄い唇が開いた。 「君が私の恋人だということになったからだ」 「ブフッ!! んなっ!?」 いったい何を言い出すんだこの人は!! 突然の言葉に驚き、紅茶を吹き出してしまった。 吹き出してしまった紅茶の残骸が会長に当たらなくて幸いだ。だけどそんなことを言える余裕はない。 だって、とてもおかしな言葉を会長の口から聞いたんだ。 恋人って何? というか、同性に有り得ない。 しかもしかも、俺は黒髪に黒目。身長は百七十そこそこ。容姿は何の変哲もない、どこにでもいるよくある日本人特有の、のっぺりした顔だ。会長とは違って、特別の美形とかそういうんではけっしてない。 「俺は男です!」 「当然」 身を乗り出し、俺の性別を伝えれば、会長は口元にある笑みを崩さないまま頷いた。 「そして貴方も男!!」 「無論だ」 当たり前のように頷くから続ければ、またもや大きく頷かれた。 やはり会長の笑みは崩れない。 だから逆に俺が聞き間違えたのかと不安になってしまう。 「えっと……?」 すっかり不安になった俺は首を傾げ、訊(たず)ねれば……。 「私がね、君に好意をもっていることが新聞部に漏れてしまったんだ」 諦めるという選択肢は彼にないのか、あんぐりと口を開けている俺を微笑みながら見据えている。 同性に恋をするなんて常識的には考えられないことなのに、それ以上に突っ込みたくなる会長の発言に、俺はもう何をどうすればいいのかわからなくなった。 「好意って……俺、会長に目を付けられるようなことしましたっけ?」 「ここからね、君たち二年生の下駄箱がある昇降口がよく見えるんだよ。去年の今頃だったかな? 雨の日、ひとつしかない傘を友人に渡し、君は学生カバンを頭に乗せて帰宅したことがあっただろう? それから気になって、ずっと見ていた。君は友人思いの素晴らしい人だ」 そんな他愛ないところを見られていたなんてびっくりだ。 俺の何気ない行動を褒められて顔が熱くなる。 「これはもう運命なんだよ」 「……はあ」 「君に退屈はさせない」 たしかに、生徒会長のこの人と一緒にいれば退屈なんていう文字は、ないだろう。 だけどどうするよこの状況。 断れば親衛隊からブーイングがくるだろうし……。 もし、会長を受け入れてしまえば、残りの学生生活は…………考えたくもない。 「はっはっはっは!」 「はははは……」 俺の口内には美味しい紅茶の味がすっかり消えてしまった。 生徒会長の高笑いと俺の空笑いが入り交じり、穏やかな昼下がりはおかしな空間に変化した。 **Fin** |