chapter:虚偽 「空也(くうや)さん、オレ、隣の霞ヶ丘(かすみがおか)高校の2年で、岬 相太(みさき そうた)って言います。駅のホームで貴方を見かけてから、ずっと気になっていました。オレと付き合ってくださいっ!!」 放課後の裏門。 人気がない場所で、俺は今、告白されている。 相手は、顔を伏せていて、よくはからわからないが、そこそこいい方だと思う。 茶色い髪は地毛なのか、艶やかだ。高い背に、細い体。 見てのとおり、男が男に告白。 あまり見ない光景のようにも思えるが、別にないこともない。 なにせ俺は、肩まである黒髪に、日焼け知らずの白い肌。女子にも見間違われがちな、大きい目に長い睫毛。無駄な筋肉さえない、細い体。 結構、美人らしいし? だけど大概(たいがい)、相手が選ぶのは俺じゃなくて、空也の方だ。 ――そう。 この男は間違いを犯している。 俺は空也じゃない。 海也(うみや)だ。 そして空也は、俺の双子の弟。一卵性双生児だから、外見がとにかく似ている。 だけど、性格は違う。 空也はどっちかといえば、かなりおっとりした性格で、柔らかい雰囲気をしている。 対する俺は、っていうと……。 腹黒? 友人曰(いわ)く、きついことを平気で言うらしい。 岬 相太と名乗る目の前の男は、俺を空也だと思い込んでいる。 両手を震わせ、ラブレターらしきものを差し出している。 彼の身長は俺よりも高いが、腰を折っているから、かなり小さくも見える。 ……こいつ、馬鹿だろ。 普通、好きな人なら、告白している相手が俺じゃないって気がつくだろ? ……腹立つ。 いつもそうだ。 同じ顔なのに、空也ばっかり可愛がられて、俺はのけ者。 だから、意地悪してやろう。 俺は弟の空也の振りをして、からかってやることに決めた。 「いいよ、付き合ってやる」 「っほ、本当? やった!!」 あまりの喜びように、良心が痛んだが、実は、空也には彼氏がもうすでにいる。ともすれば、これはコイツのためにもなるだろう。 俺の中の天使が、「いけない」と囁くが、悪魔の俺は、天使の言葉を聞かずに相太からラブレターを受け取った。 その日から、俺は、相太の前では空也として、地の俺のまま、付き合うことになった。 「ね、最近、海也楽しそうだね」 それは、空也からの思わぬセリフだった。 「えっ? そうか?」 「うん。岬さんとお付き合いはじめてからかな? なんか、ものすごく楽しそうだよ? 海也は岬さんが好きなんだね」 もちろん空也には、相太と俺が付き合っているということは言っていない。 というか、実は相太は空也が好きで、俺と空也を間違った腹癒せに、空也と偽って付き合っているとか言えるわけがない。 それでも空也に相太と俺の仲がバレたのは、空也は昔から、周囲を気遣うのがとても上手いからだ。 彼はそうやって、いつも差し障りなく振る舞う。 俺にはない、空也の優しさ。 ……だけどさ。 はあ? 空也の口から、なにか聞き捨てならないことを聞いたぞ? 俺が相太を好き? そんなこと、絶対に有り得ないだろう。 空也は何か勘違いしているだけだ。 否定したいのに……なんでだろう。 俺、相太のことを考えるだけで、とても楽しいんだ。 口角が自然と上がっていくのが、自分でもわかる。 理由はきっと、相太が、あまりにも純粋だから……。 彼は、俺の我が儘をたくさん聞いてくれて、ちやほやしてくれるから……。 まさか、俺が相太を好きになっていくなんて、そんなこと、計算に入れていなかった……。 ――……。 ――――…………。 相太の告白を受けてから1週間目のその日。 相太と付き合いはじめてからの、遊園地で初めてのデートだ。 電車で30分。 少し大きめの遊園地での初デートの待ち合わせは、ゲート前。 俺よりも背が高い彼は、俺の姿を見るなり、突然泣き出してしまった。 「なに泣いてんの? 17歳にもなってみっともない」 「だって、まさか空也さんが、オレと恋人になってくれて、しかもデートまでしてくれるなんて、なんだか夢のようだから……」 平気で感情を表に出す相太は、俺にない物をたくさん持っている。 だからだろうか、相太といるのが楽しいのは……。 また、新たな、「好き」を発見してしまった。 ダメだ。 こいつのペースに巻き込まれてはいけない。 そう思うのに、俺の良心が限界だった。 「ごめん、俺、実は空也じゃないんだ。兄の、海也の方なんだ」 「――え?」 いくら相太のことを好きになったとはいえ、彼を騙していたのは事実だ。 俺が空也じゃないとわかった相太は今、いったいどんな表情をしているのだろう。 ……彼の心情はきっと、打ちのめされているに違いない。 騙されたと、俺を恨むだろうか。 ――怖い。 嫌われるかと思うと、ものすごく怖い。 相太の顔、見られない。 胸がズキズキする。 苦しくて、吐きそうだ。 「……だから、もう。さようならっ!!」 俺が海也だと打ち明けたその日。 俺は、相太との、心待ちにしていたデートを自ら台無しにして、そのまま帰宅した。 相太はそれ以来、俺の前に姿を現さなくなった。 ……これで、相太とは終わり。 俺は、心の中にぽっかりと穴があいたような、そんな寂しさを覚え、毎日を過ごしていた。 そして今は、相太と会わなくなってから3日目の放課後。 俺は裏門にいる。 そして、目の前には……腰を折り、地面を見つめる男がひとり。 岬 相太がいた。 なぜだ? なぜ、コイツはまた、俺の前にラブレターを差し出している? 「あの、オレ、貴方が好きです!!」 「っ、はあ? お前、また間違えてんのかよ! ばっかじゃね?」 ほんと、いい加減にしてほしい。 俺は空也じゃねぇし。 何回も言わせんなよ!! コイツを好きな俺が馬鹿みたいじゃん。 ああ、もう。頭がズキズキする。 胸も痛い。 もし、もしも。 俺が、こんな自己中心的な性格じゃなかったら――。 俺が空也みたいに大人しくて、ほのぼのとした性格だったなら、相太は俺を好きでいてくれただろうか。 これは罰。 空也と偽った、俺への報いだ。 俺は痛む胸を押さえ、相太から去ろうと無言で踵を返した。 そうしたら……。 グイッ! 「ぅわっ!!」 俺の腕が後ろに引っ張られた。 相太の力強い腕に、すっぽりと包まれてしまった。 「間違えていません。今度は絶対、間違えていないはずです! だって、海也さんでしょう? 間違えてないですよね?」 「うそ……?」 だって、俺は、空也みたいに可愛くない。 「嘘じゃありません。たしかに、はじめは人違いだったかもしれませんが……。でも、オレが本当に好きになったのは、貴方です」 真っ直ぐな視線で、彼はそう告げた。 緊張しているのだろう。俺を包む手が震えていることに気がついた。 本当に? 相太は、俺が好き? 間違いじゃない? 「嘘だって言っても、取り消せないからな……」 俺は、ぽつりと言い捨てると、相太の襟元を引っ掴んだ。 つま先立ちになり、薄い唇に、自らの唇を押しつける。 相太は、俺の行動に驚いたのか、一瞬体を震わせた。 だけどそれもすぐに形勢は逆転し、俺からの口づけはすぐに相太のペースに変わった。 俺の背に、力強い腕が回る。 ――相太、好き。 俺も、相太の広い背中に腕を回し、もっと深い口づけを強請った。 **END** |