れんやのたんぺんしゅ〜★
お馬鹿ほど可愛い ※r18





chapter:お馬鹿ほど可愛い







「うええええんっ! 良(ながし)、助けてっ!!」

 深夜三時。世に言う丑三つ時。深い眠りに落ちようとしたまさにその瞬間、突然の電話で起こされた。

 電話の主は、右隣に住む俺の幼なじみ、遠藤 直(えんどう すなお)だ。

「いったいどうした?」

 幼なじみにたたき起こされ、不機嫌に訊(たず)ねるのは、これが初めてではないからだ。俺は重たい瞼を少し持ち上げた。


「夢の中で良が出てきて、眠れなくなったのっ!!」

 泣きながらそう言う彼は、お馬鹿で天然だ。

「そうか、へぇ〜。じゃあ、夢の中の俺に怒っておいてやるからおやすみ」


「良、良に会いたいのっ! 今から行ってもいい?」

 ベランダを伝って窓から来るのだろうが、さすがにこんな時間だ。もし、足を滑らせて怪我でもしたら危ない。

「……わかった。俺が行くから少し待ってろ」

 そう即答した俺は、かなりの過保護なのかもしれない。

 これも惚れた弱みっていうやつだろう。


 ――俺は彼、直に恋心を抱いている。


 直とは小学の時からの家族ぐるみの付き合いで、テストの点数も一桁が目立つ。運動神経さえも皆無に近く、あれこれと世話を焼いていた。

 はじめは、お馬鹿で危なっかしい彼を見ていられなかったから傍にいたんだが、気がつけばそれは恋へと変わり、へにゃっと笑う締まりのない笑顔に癒されるようになった。


 足元にアリがいると、踏まないようにつま先立ちで避けて、自分の方が転んで怪我をしたり……。そんなお馬鹿がいつの間にか可愛いと思うようになっていたんだ。



 ベッドを抜け出した俺は、シャツにズボンという出で立ちのまま、自分の部屋にある窓から、隣の窓へと難なく移動した。

 直はまだ起きているようだ。カーテンの隙間から、光が漏れている。


「直」

 窓を開けろと硝子を叩けば、直がカーテンから顔を覗かせる。

「良、良!!」

 俺の姿を確認し、窓を開けると同時に、華奢な身体がダイブしてきた。

 五、六本のアホ毛がひとつに結束し、頭のてっぺんでひょこんと立っている。

 その姿さえも可愛い。

 馬鹿な子ほど可愛いというのは本当なんだな。納得してしまう。


「はいはい、寝ような」

 ポンポンと背中を撫で、宥めてやると、コクコクと頷いて一緒にベッドに入る。


「良……」

 俺を呼ぶ、心細そうな声が薄闇の中に溶け込む。

「なんだ?」

 俺が訊ねれば……。

「……なんでもない」

 俺の裾をギュッと掴み、離さない。

 いい加減離してほしいんだが……。

 俺だって思春期真っ盛りな男子だ。好きな奴とこうも身体を密着させていると、欲望というものが頭をもたげてくるわけで……。

 周囲が静かになり、直の声も聞こえなくなった。

 直はすっかり眠りに入ったと思った俺は、直のベッドから抜け出た。

 その直後だ。

「なんで? どうして最近そうやってすぐに出て行くの?」

 背後から悲しそうな声が聞こえて振り向けば、直が身体を起こし、座っていた。

「お前、まだ起きて……」

「どうしてずっとギュってしてくれないの?」

 訊ねれば、直は俺の問いには答えず、俯けたまま話を続けた。

「直はもうそんな年じゃないだろう」

「っつ!! なんでっ、そんな言い方。……ひどい、ボクは……うわああああんっ!!」

 この関係を手放したくなかったから、好きだからだとは言えず、直を拒絶すると、直は大声で泣き始めた。

 ちょっ! こんな時間に大声で泣くなよ!! 近所迷惑だし、直のご両親だって起こしてしまうじゃないか!!


「直、落ち着け、泣くな!!」

 電気を点け、俺は慌てて直の方へと歩み寄る。丸まった背中を撫でてやっても大泣きは止まらない。


 直は首を左右に振り、幼い子供のように駄々をこねる。

「やだ、やだやだ。なんで? どうして? ボクのこと嫌いになった? 彼女さんができたから、もうボクとは話もしてくれないの?」


 はあ? 彼女って何だ?

 直の言っている意味が判らない。

「彼女? 誰の?」

 好きな人がいるのに、彼女なんているわけがないだろう。

 突拍子もない言葉を理解できず、訊ねると、直はしゃくりを
上げながら話していく……。


「夢の中で……良が……」

 直がぼそっと告げた。

 ちょっと待て。


「直の夢は俺の現実じゃないぞ?」

 どうやら直は現実とごちゃ混ぜになっているらしい。


「だってだってだって、ボクが良に好きって言ったら、彼女がいるからって……うあああああんっ」


 直はその時のことを思い出したのか、またもや大声で泣き始める。

 目からは大粒の涙がこぼれ落ち、鼻からは鼻水が、大泣きをする口からは涎が垂れ流しになっている。

 顔中、どこもかしこもびしょ濡れ状態だ。

 こんな姿でも、思うのはやはり可愛いと思うばかりの俺はどうかしている。



 だああああっ、もうっ!!


「直!」

 尚も泣きじゃくる直を黙らせるべく、手を伸ばし、後頭部を抑え込むと自らの唇で、直の唇を塞いだ。

「っふあっ、んうぅううっ!」

 泣き声は俺の口の中に吸収されて消えていく……。ここぞとばかりに舌を侵入させ、口内を蹂躙すれば、甘い声が聞こえはじめる。


 この声は本当に直のものだろうか。

 色っぽい声を聞くと、俺の欲望が再び身をもたげはじめてくるからたまらない。


「っふ……あ……」

 さらに深い口づけをしたくなる俺の邪な願望をなんとか抑え、唇を離せば、交えた舌先が唾液の線で繋がっているのが見えた。


 大きな目が潤み、頬が朱に染まっている。


「直、聞け。俺はお前が好きだ。だから彼女なんていない」

 もっと直を感じたい。

 抱きたいという欲望に染まった俺の思考。

 掠れた声をなんとか絞り出し、思いの丈を告げる。


「これ、ボクの夢?」


 現実と夢がごちゃ混ぜになっているのなら、そのままにしておけば良いものを、なぜかそこは現実と夢とを切り離し、訊ねてくる。

 どんなに艶やかな表情を見せても、やはり直は馬鹿だった。


「……違うし。現実」

 がっくりと肩を下ろし、ダメージをくらう俺。


 どう説明すれば判ってくれるだろうか。

 俺はまた、直の背中を撫でた。それが悪かったのだと気がついたのはそのすぐ後のこと。


「ながしぃいいいっ」

 直は俺に縋りつき、やっぱり泣きじゃくる。

 直の親父さんとお袋さんを起こしてしまったのは言うまでもない。

 そして、俺は直のご両親に謝られてしまった。


「ながしいいいぃいい!!」

「はいはい」

 俺の気持ち、本当に直に通じたのか?

 この恋、まだまだ前途多難なのかもしれない。



 **END**


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