chapter:夕暮れの朱よりも 「俺の目の前でチョロチョロしやがって! こっちはいい迷惑なんだよ、とっとと失せろ!!」 ガタンッ!! 俺は煩わしい奴を壁際に追い込み、壁を叩いた。 ここは屋上。しかも放課後だから、俺と其奴(そいつ)以外は誰もいない。真下にあるグラウンドからは、部活に励む奴らが声を張り上げている。 はんっ、熱心なこった。 俺は、俺よりもほんの少し背が低い其奴。優等生くんの荘間 拓人(そうま たくと)を威圧的に見下ろし、そう言った。 此奴(こいつ)――荘間 拓人は俺と同じクラスで、学年での成績はトップクラス。運動神経抜群で先公に気にいられまくっている。襟足よりもやや短めの髪は黒。服装だって第一ボタンまでしっかり止めていて、きっちり着こなしている。校則通り。まさに歩く生徒心得だ。 対する俺は、金に染めた髪は肩まで伸ばし、耳にはピアス。制服だって校則から違反している。着崩したカッターシャツの下に赤いシャツを着ている。不良まっしぐらだ。 喧嘩や煙草は当たり前。授業も俺の気が乗らなければ屋上に消える。だからだろう。先公から俺が真っ当な人間になるよう、此奴に言いつけたんだ。 そのおかげで、煙草をくわえれば、すぐに奪われ、火を消される。 おちおち休憩もできやしねぇ!! 「うん、でも煙草は身体によくないからやめよう」 にっこり笑う此奴は、俺の威圧的な態度でもなんのその。他の奴ならとっくに尻尾を巻いて逃げ出しているってのに!! 「いいか? 俺はな、ゆっくりしたいんだよ! 先公に何を言われたのか知らねぇけどよ、お前がいると、こっちは大迷惑なんだよ」 おかげで喧嘩もおおっぴらにできねぇし!! 「君は優しいものね、僕が傍にいると怪我をしないよう気遣って、喧嘩するのを控えてくれてるでしょう?」 「なっ!!」 「そういうところ、すごく好きだよ?」 「好きって……」 ボンッと火が付いたように赤くなっているのが自分でも分かる。図星だ。 あまりにも俺の気持ちを見透かした言葉に否定することもできず、そっぽを向けば――奴はすでに俺の心情を知っているようだ、にっこり微笑んでいる気配がする。 勘違いするな俺。此奴の言う『好き』はそういう意味じゃねぇ。 なんでだ? なんで俺の心臓は異性に告られた時みたいにドキドキする? 意味が分からねぇ!! 「そうやって照れるところもね、可愛いんだ。先生に言われたからじゃない。僕が、君を好きだから一緒にいるだけだよ」 首を傾げながら、そっぽを向く俺に、顔が近づいてくる。 ってか、可愛いって何だよ!! 俺は自慢じゃないが目付きが悪いし、此奴よりも背が高い。それに煙草も吸うし、不良だし。先公には目を付けられるしうざがわれるしで、可愛いなんて言われるのは六年ぶりくらいじゃないか? とにかく!! 今の俺にはそんな言葉は無縁だし、言われて嬉しい言葉じゃない。 ……それなのに……。 壁際で追い詰めているのは俺だというのに、俺の方が追い詰められているなんて、有り得ねぇっ!! 狼狽えていると、奴の手が伸びてくる。 ふたつの影が重なり、俺の唇に、何か弾力のあるものが塞がれた。 チュッ。 どこか遠くの意識の方で聞き慣れないリップ音がした。 もはや放心状態の俺は、何度も瞬きを数回繰り返す。 「……可愛い」 んなっ!! 「可愛いってなんだ!! 俺は先公にも怖がられてる不良だぞっ!!」 またもや言われた不似合いな言葉にやっと我に返った俺は、肩を怒らせ、大声で怒鳴る。 「そうだったね、ごめんね」 怒る俺に対して、此奴は肝が据わっている。口元には笑みを浮かべ、笑っている。 クスクスと笑う荘間の声が心地良い。そう思うのは、いけないことだろうか。 俺は、俺を恐れない此奴のことが……。 ああ、つまりはそういうことだ。 自分の気持ちを理解した。どうやら俺は、すっかり荘間のペースにはまってしまったらしい。 「……たっ、煙草は……やめてやるよ」 さっき触れた唇が熱を持つ。 恥ずかしくて口元を抑えたまま、とうとう俺は観念した。 「そう、良かった」 にっこり笑う荘間の顔は、夕日よりも輝いて見える。 俺は荘間から逸らした自分の顔が夕焼けよりも赤くなっていないことを願った。 **END** |