chapter:君が髪を伸ばしている理由(わけ) ◆ ……暑い。 まだ朝っぱらなのに、あちらこちらから聞こえてくる蝉の鳴き声が耳にさわる。 ただでさえ、時間が経つにつれて熱気が出てくるのに、余計に暑さを感じさせてくるからたまらない。 俺はTシャツの襟の部分を伸ばし、風を中に入れるようにしてパタパタとうちわを扇いでいた。 「ねぇ、夏絃(かいと)、暑いからくくって〜」 部屋のドアをノックするなり、返事もしていないのに勝手にドアが開いた。 ひょっこりと顔を出したのは、桐原 蒼海(きりはら あおい)。 どんぐりみたいな大きな目に、顔の真ん中にちょこんと乗った小さな鼻が印象的な、俺とひとつ違いの、隣に住んでいる従弟(いとこ)。 彼はいつものごとく、肩まである髪を掴み、ひとつにくくってくれと催促する。 蒼海の両親は彼が幼い頃から共働きをしていたこともあってか、寂し紛れにいつもこうして俺の部屋に入ってきては、何かにつけてかまってくれと催促してくる。 「……めんどい」 俺はうちわを扇ぎながら、入ってきた蒼海を一度目に入れ、すぐに顔を下ろしてベッドに倒れ込んだ。 「ええ〜、ヤダ。暑い。くくって。というか、くくれ!!」 命令かよ。 うちわを扇ぐ手を止めず、顔を上げれば、蒼海は頬を膨らませ、威嚇してくる。 駄々をこねるその姿は相変わらず可愛い。女子顔負けだ。 蒼海は甘え上手だった。 ――そう、俺はいつもこいつに振り回される。 いつの頃からかわからないが、大きな目に自分が映っていることを嬉しく思っている自分に気がついた。 これが恋だと知ったのはほんの一年ほど前。今のように何の遠慮もなく、我が物顔で俺の部屋に入ってくるなり、隣で無防備に眠る蒼海の赤い唇を、食い入るように見つめたことで発覚した。 「……じゃあ、これで俺を扇いでくれ」 「うん!!」 蒼海に見とれそうになっていたことをなんとか隠し、げんなり顔を装って承諾する俺に、膨らませた頬を戻した蒼海は嬉しそうに笑った。 うちわを渡す代わりに黒ゴムを受け取ると、蒼海の後ろに座り、早速作業を開始する。 黒い髪をすくえば、絡まることなく指に絡みつく。 綺麗な髪だ。 こいつはなんでこんなに女子力あるかなぁ……。 なんて思いながらも作業を終え、見事なポニーテールが出来上がる。 「暑いんだったら、なんで髪、切らないんだよ」 「だって……ここに来る口実がなくなっちゃうもん」 小さな声が聞こえたのは気のせいか? 顔を覗き込めば、蒼海の頬が赤く染まっていた。 なんだよ、不意打ちかよ。 さっきまではあんなにうるさいと思っていた蝉時雨が、何故か今は、とても心地良く感じた。 **END** |