chapter:課外授業T ◆ 「椎名(しいな)先生、今お時間ありますか? わからない箇所があるのですが……」 校舎には部活に励む生徒たち以外は帰宅した夕方五時前。先生方も俺以外見当たらない、がらんとした外部から完全に隔離された空間ともいえる職員室で、すらりとした長い足にモデル体型をした涼しげな双眸の藤 真澄(ふじ ますみ)が入室してきた。 手にしていた教科書はこの学校のものではなく、難しい数列が刻まれている。彼のクラスはもちろん俺の担当だが、彼が手にしているのは大学で学ぶ応用編で高校二年で解く問題ではない。 いくら俺が大学を出たからといっても高校の数学担当教師ではいささか太刀打ちできない。 「お前にわからないところは俺にもわからん。専属の家庭教師か、もっとベテランの東間(あずま)先生にでも聞いてくれ」 何分俺はまだこの学校にやって来てから二年と日は浅く、未熟でもある。対する藤は理事長の息子で、勉強はもちろん、運動神経も他の生徒より抜きん出ている。まだまだ新米の俺は、理事長に目を付けられたくはない。できればこいつとは関わり合いになりたくはない。 ――いや、違うな。俺はこいつの、真っ直ぐな目に弱いんだ。 その理由はわかっている。余計な筋肉を持たない、すらりとした身体。涼しげな目元に高い鼻と大きくて薄い唇。図らずとも彼には人を虜にする容姿を持っている。俺もまた、その一人になろうとしているからだ。 だが俺もここの学校の教師の中で年齢は最年少で、自慢だが身長も百八十五センチと藤に負けないほどの長身だ。女子生徒に黄色い声を受けることだってある。それでも藤には敵わない。彼はそれほど洗練された美を感じるのだ。 とはいえ、いかに相手の容姿がよくても、俺は同性愛者でもないし、これまで同性に想いを寄せたことはない。こんな感情は藤が初めてで、正直どうしたものかと戸惑ってしまう。 「椎名先生は俺が嫌い? 理事長の息子だから?」 射貫くようなその瞳で真正面から俺を見る。吸い込まれそうだ。 ああ、思わず見とれてしまった。 しばしの沈黙で我に返った俺は直ぐさま首を振る。 たしかに、理事長の息子っていうのは教師にとって重要なものだが、だが俺にとっての問題はそこではない。藤に対する俺の、この感情だ。 「いや、別に嫌いっていうわけじゃ……」 その逆だと言ってしまえばどうなるだろう。俺は間違いなく他校に飛ばされるだろうな。 今の自分が愚かしく思える。 俯き、苦笑を漏らした。それが気にくわなかったのか、藤は俺との距離を縮めてきた。顔が近い。藤との距離はほんの数センチしかない。 「だったらなぜ、俺を邪険にするんですか?」 もう勘弁してくれ。 「とにかく、俺では役不足だ。もっとお前に見合った先生を見つけてくれ」 俺は椅子から立ち上がり、逃げるようにして藤から背を向ける。すると藤の手が伸びてきた。 「……冗談。俺が逃がすとでも?」 「はあ? って、おいっ! 何やって!!」 ぼそりと何やら呟く藤の声が聞こえたかと思えば、ふいに後ろに引っ張られ、俺は無様にも机の上に押し倒された。文房具が硬い床に転がり落ちる冷たい音が響く。 慌てる俺を余所に、俺を捕らえた手が下肢へと移動し、太腿の間にある一物に触れた。 「おいっ! 何をっ!!」 仕事に普段の生活の両立と、最近は日々の生活に追いまくられ、女性との関係を絶っているからか久しぶりの甘い刺激に俺の身体が震えた。 「既成事実を作れば逃げられないよね?」 おいおいおいおい、待て待て!! 「ちょっ、藤!!」 慌てて藤の胸板を押し、起き上がろうとすると、唇が塞がれてしまった。 「んぅう……」 微かに開いた唇の隙間を縫うようにして、藤の舌が口内へと侵入する。 歯列を割って、舌を絡め取られる。 「んぅう……」 ちくしょう、なんでこんなにキスが上手いんだよ。 水音と同時に俺のくぐもった声が飛び出てしまう。 「膨れてる。キス、悦かった?」 俺の唇から離れると、線が繋がっているのが見えた。 「やっ、やめろっ。こんなのおかしい」 顔が熱い。きっと今の俺の顔は真っ赤に染まっていることだろう。 恥ずかしいなんてどこぞの思春期を迎えたばかりの子供じゃあるまいし、ほんとに勘弁してほしい。 藤は俺を玩具にして楽しんでいるだけだろうが、それならもっと自分に見合った、年相応の相手を見つけてしてくれ。 こんな仕打ちはあまりにも酷だ。 もしかすると、藤は俺の異性を見るような視線に気がついたのかもしれない。それでこんなことをしたのだとしたら……。 そう思うと胸が痛い。 同性相手で、しかも自分よりもずっと年下の生徒に、こんなにも惹かれていたと思い知らされると、自分が情けなくなる。 「おかしくはない。俺はずっと先生のことをそういうふうに見ていたから……」 はあ? 藤は今、なんて言った? どうやら俺は泣いていたらしい。長い指が俺の目尻に溢れた涙を拭い取った。 俺を突き飛ばしたかと思えば涙を拭ってくれたり――嫌っているのなら、なぜ彼はそんな優しい仕草をするのだろう。 それに俺を見ていたとはどういう意味なのか。 藤の真意を知りたくて顔を上げれば、彼はにっこり微笑んだ。 見たことのない笑みを向けられたことでふたたび見とれてしまうっていると、いつの間にかズボンと下着がずり落とされ、下肢があらわになっていた。 さっき俺の目尻に浮かぶ涙を拭った指が後ろへと移動し、跪(ひざまず)いた。 「椎名先生……」 「っつ、何をっ!!」 艶のある声が呟き、同時に呆けている俺の尻の中にどこから持ち出したのか、クリームらしき滑りを帯びた何かと一緒に骨張った指が侵入してきた。 「やめっ、ふじ、何をっ!! 痛っ!」 「大丈夫、中を解せばずっと悦くなるよ」 今まで経験したことのない異物感に怯え、逃げようとするも、もう一方の手が俺の一物を握り、やわやわと扱いてきた。 「っひ!」 痛みと、痺れるような感覚が俺のすべてを狂わしていく。 藤の言うことは真実だった。彼の指が俺の内壁を掻き分け、ある箇所に触れた時、どうしようもない疼きが俺を襲った。 「ここ、前立腺って言うんだよ? 同性でも感じる場所」 骨張った長い指が執拗にそこばかりを責められれば、もうどうしようもない。 普段の俺ではない声を出してしまった。 「あっ、あっ、あっ!!」 なんだよこれ、なんでこんな声出してんだよ!! 羞恥に見舞われ、喘ぐ口を手で覆えば、骨張ったその手が伸びて取り外される。 「ダメ。もっと可愛い声を聞かせて」 俺の耳孔に彼の吐息が触れる。 それだけでも達してしまいそうになる。 「ふじ……俺、あっ!」 「いつも俺を見てくれていたでしょう? 気がつけば目が合ってたこと、知ってる。好きだよ、誰にも渡したくない」 内壁を掻き分け、自由に動き回る藤の指が二本に増え、俺をさらに煽る。 「あっ」 腰が揺れる。もう無理だ。止まらねぇ! 中を刺激され、どうしようもない射精感が俺を襲う。 強烈な快楽で抗う力を失った俺は藤の動きに翻弄され続ける。 「……椎名先生」 両足が広げられ、藤の反り上がった一物が見えた。 年下のくせに、一著前に俺よりもでかいなんて!! 「藤、浮気は許さねぇからな!!」 余裕な相手が許せなくて睨みながら訴えると、藤は目を細め微笑んだ。 「安心して、後にも先にも、俺が好意を抱くのは椎名先生だけだから」 藤はそう言うと、ゆっくり俺の内壁を自らの陰茎で割り開き、最奥を目指して貫く。 「あっつ、藤、藤!!」 藤の一物は焼けるように熱い。俺の身体が焼かれそうだ。 「っひ、ああっ!」 尻孔に挿入される痛みと、慕情。これはいったいどういうものだろう。何ともおかしな感情が俺の中に流れ込む。 こめかみの所に一筋の汗が伝う。 その姿さえも綺麗だなんて、同性として藤はとことんまで憎たらしい。 「注ぐよ?」 ようやく最奥に到達した藤は、息を深く吐き出した。 「っひ、ああっ!」 藤の熱い迸りが俺の体内を駆け巡る。 逆らえねぇ……。 「俺をここまで骨抜きにしたんだから責任、取れよ?」 ここまで抵抗も空しく組み敷かれて、同じ男として恨めしい。 「勿論」 俺は恨みがましく藤を睨む。 藤は俺の目尻からこぼれ落ちた涙を親指で拭い取り、爽やかな笑顔を向けてしっとりと濡れた薄い唇を俺の唇に押しつけた。 俺は広い背中に両腕を回し、甘い余韻に浸る。 **END** |