chapter:一利の気持ち ◆ 嘘みたいだ。和泉と恋人になれるなんて。 同性に恋するとか、普通じゃ考えられないことだから。 だって現に、僕だってこんな気持ち初めてだったんだ。 初めは、そう。一目惚れだった。高校に入学したばかりで友達もいなくて寂しかった。 はっきり言って僕は人前でしゃべったりするのが苦手で、運動神経も悪くて、活発な方でもない。 そんな僕に、和泉は、「今日からよろしく」って、話しかけてくれたんだ。 知人もいないクラスにぽつんと取り残された僕に、和泉は太陽みたいに輝く笑顔を向けてくれた。 それからだ。気がつけば和泉を目で追うようになって、和泉に話しかける女子に嫉妬したり……。 僕が和泉に不相応なのはわかっていた。同性を好きなんてどう考えたっておかしいから。 だけどこの気持ちに終止符を打つ勇気さえ持てなくて、ずっと苦しい気持ちを隠していた。 この恋は絶対に実らないって諦めていたのに……。 ああ、どうしよう。和泉と両想いだなんて。 和泉と会う前なのに、心臓がドキドキ言っている。 今日はまだ始まったばかりだ。朝からこれじゃあ先が思いやられる。 僕は跳ねる心臓を落ち着かせるため、大きく深呼吸して校門をくぐった。 そうしたら、見知った後ろ姿が目に入った。 他の生徒と比べても少し頭が飛び出ている。モデルみたいに足が長くて伸びた背筋。毛の先がちょっぴり丸まったクセ毛は誰なのか後ろ姿だけでもよくわかる。 和泉だ。 「いずっ!」 声をかけようとした時だ。同じ一年だろうか。女子が和泉に駆け寄るのが見えた。 和泉はその女子と楽しげに話している。 女子の手には、お菓子の箱が握られている。 きっとお菓子を話題にして和泉に取り入ろうとしているんだ。 「…………」 和泉が甘い物を好きなのも知ってる。だってずっと見てきたんだ。 だけどなんで? 僕っていう恋人がいるのに、どうして楽しそうに女子といるの? たしか昨日も、一昨日もそうだった。 まるで僕に見せびらかすようにして、和泉は女子たちと楽しそうに話していた。 僕がむくれると和泉はキスしてきたりして……。 ドキドキして、女子とかどうでもよくなって、僕の胸は和泉で満たされる。 だけど和泉は違う。 和泉は女子と楽しそうに話している。 僕だけなの? 僕は和泉とたくさん話したいって思うけれど、和泉は僕よりも女子といる方が楽しいの? それって、それって……。 ――ああ、そうか。和泉にとって、僕はただの暇つぶしにすぎなかったんだ。 おかしいと思った。だって和泉は女子から人気で相手に不自由しないだろうし。 「和泉の言葉を本気にするとか、馬鹿だ」 僕ばっかり好きだったのはわかる。だけど、だったらどうして振ってくれないんだろう。 好きとか言ってほしくなかった。 キスだって、してほしくなかった。 どうせ振るのなら、和泉の唇の感触とか、知りたくなかった。 苦しい。悲しい。 その日の僕は大好きな和泉の話をろくに聞けず、下を向くばかりだった。 ――。 ――――。 「中山、待てって」 放課後。終礼も終わった直後、僕はすぐにカバンを持ち、教室を出る。 和泉は相変わらず女子たちと笑い合っていて、もうウンザリだった。噛みすぎた唇が痛い。 結局、僕ばかりが和泉を好きなんだ。 「いやだ。もういいから放っておいて!」 男が男を好きとか、どうせ珍しいから付き合ったくせに! 廊下を突っ切って裏玄関を通る。もうみんなはほとんど帰ってしまったらしい。人気はあまりなく、そこはがらんとしていた。 夕焼けのオレンジ色が目に染みる。 僕は伸ばされる腕を振り払い、上履きから運動靴へと履き替える。 和泉から背を向けた時、僕の体が拘束された。 「一利!」 「っつ!」 なんでこういう時に名前を呼ぶの? 抱きしめるの? そうまでして僕を苦しめて。そんなに楽しい? 面白い? 「やだっ、放して」 「放したら一利がどっかに行くだろう?」 やめて。もういい。僕に気がないのにそういうフリして抱きしめるなんて酷い。 いくら人気がないって言ってもゼロじゃない。ここは下駄箱で生徒たちが行き来する場所だ。 「みんなに、誤解される……」 和泉は僕と違って女子にモテるし、男とこんなことをしていたらきっと大変なことになる。 大好きな女子に偏見の目で見られてしまう。 こんな時に和泉の心配とか、本当に僕って和泉が好きなんだ。 どういう仕打ちを受けても、和泉を好きなことは変わらない。 今さら気づかされるなんて。こんなに好きになったって、どうせ振られる運命なのに。 馬鹿みたいだ。 自分が惨(みじ)めで泣けてくる。 目頭が熱くなって視界が揺れる。 胸が、痛い。 「もういや。放して、お願い……」 和泉の胸板を押して必死に逃げようとするのに、僕を拘束する腕がさらに強くなる。 「誤解じゃねぇし、放さない」 和泉? 「好きだ。嫉妬してくれる一利が可愛すぎて調子に乗った。……ごめん」 好き? 僕を? 何かの罰ゲームとかじゃなくて? 「ほんとう、に?」 「本当。だから俺から逃げないで」 そう言った和泉の顔は今にも泣きそうな、悲しげな表情だった。 和泉のこんな顔、見たことがない。 これはお芝居じゃない? 本当なの? 信じてもいいの? 「僕も好き。和泉が好きです」 「……知ってる。っていうか、今は絶対に俺の方が好きだから」 和泉の声が震えていた。 こんなに苦しそうな声、初めて聞いた。 刻が止まったように動けないでいると、和泉の指が僕の顎を捉えた。 和泉の甘い吐く息が僕の頬を掠め、重なる唇。 遠巻きで黄色い声が聞こえるけれど、今はそんなことどうでもいい。もう少し、和泉を独り占めしたいって思ったんだ。 **END** |