chapter:心とは裏腹な身体Z Z ――イジドア・ダルグリッシュ。 エクソシストに荷担しているヴァンパイアがいると風の噂で聞いていたが、まさか彼だとは思わなかった。 男は薄闇の中、ほんの数分前まで瘴気(しょうき)が漂っていたその場所から何十キロも離れたビルの屋上で、去っていくふたつの人影を見つめていた。 その男の腕にはぐったりとした女性が抱えられている。 女性の長い睫毛はしっかりと閉ざされていて瞳の色はわからない。体型は極端に細く、骨ばかりが目立っている。青白い顔をしていて、生気がない。男が抱えている彼女はまるで、死人のようだった。 男は去っていくふたりから視線を落とし、目を閉ざした。 それは遠い昔。瞼の裏には色褪せた過去であっても、男が生きてきた今までの中で一番楽しかった時間を思い出すことは容易だった。 彼の元から消息を絶って数年。長い年月を生きる自分たちはいつかきっと再び巡り会うことはわかっていた。しかし、今はタイミングが悪すぎる。この時期で彼の姿を目にしようとは思ってもみなかった。 ほんの数年の間にまさかイジドアがヴァンパイアハンターになっていたとは!! 男は目の前に突きつけられた事実に動揺を隠せない。 だが、イジドアの性格を考えれば頷(うなず)ける。 イジドア・ダルグリッシュは父親、ジークフリードに似て厳格で、自分自身にも権威を振るっていた。たとえ彼が強欲と言われるヴァンパイアになったとしても、強欲とは無縁に近い生活を送るだろうことは、男が一番良く知っていた。 その彼と自分が対面を果たせばどうなるだろう。 自制心を保てる強靱な精神を持つ彼のことだ。彼と自分が出会せば戦闘になることは目に見えている。 なぜなら自分こそが、あの、どす黒い瘴気に満ち、第二形態の悪魔まで呼んだおぞましい光景を作り出した張本人だからだ。 できることなら、イジドアとの戦いを避けたい。 男は閉ざしている目を開け、決意を込めた目で、自分の腕の中で死人のようにぐったりしている女性を見た。 今はまだ捕まることはできない。 目的を達成するまでは!! それまではだめだ。 やや遠くの方からは夜の静けさを突き破るサイレンが鳴っている。数台の赤い光が夜の街を照らしていた。それが向かう先は閑散とした裏路地だ。おそらくは自分が手に掛けた女の遺体を誰かが発見し、通報したのだろう。 そこは既にイジドアと青年の姿はない。 「…………」 いずれにせよ、イジドア・ダルグリッシュは必ず自分たちの邪魔をしてくる。 今後の計画に差し支えてくるだろう。 それに、イジドアと同伴しているあのエクソシストのことも気になる。 遺体にまとわりついた瘴気を意図も容易く消し去る霊力なんて今まで見たことがない。 あの青年はとてつもない霊力を持っている。 彼はいったい何者だろうか。 とにかく、このことを協力者の彼に伝えねば……。 男は抱えている女性と共に夜の闇に消えた。 第三章・完 |