chapter:たったひとりの生存者T T 悪夢の入口は何時だって雷鳴轟(とどろ)く暗黒から始まる。 恐怖と絶望。それらの入り混じった悲鳴が闇を裂いて聞こえてくる。 何処か遠くの方では雷鳴が鳴っている。 黒だった世界は漆黒となり、緋色へと変化する。 聞こえてくる雷鳴と悲鳴で身体の震えは止まらない。恐怖におののき後退(あとずさ)れば、硬い何かに躓(つまず)いた。後ろ様に倒れ込む。 すると、倒れ込んだタイミングを見計らったかのように、鋭い閃光が目の前を走った。 一時、閃光は闇を照らす。 閃光が映し出した光景はほんの数秒という短い間であっても、その場にいる誰しもを絶望へと誘うことは造作もない。 目の前に転がっているのは数十もの人の亡骸(なきがら)。 彼らのことごとくは流れ出す血さえもないほどに血液を抜き取られ、幾千年も経っているミイラのように干涸らびていた。目は光を失い、顔面を蒼白に引きつらせたきり動かない。 悲鳴がひとつ消えると、また新たに生まれ、そしてまた消えていく……。 三度、漆黒の空に雷光が走る。ひしめく闇が浮かび上がる。 そこにいたのは、一点の光さえもない開ききった瞳孔。大きく開いた口の両端から覗くのは、肉食獣を思わせる鋭い犬歯。 口の端から尖った顎を伝い、滴り落ちるのは鮮やかな赤をした鮮血だ。 人の姿をした肉食獣のそれは、一人の人間を無造作に引っ掴むと、両端にある鋭い犬歯を突き立て、首の頸動脈(けいどうみゃく)に食らいつく。 一人が終われば、また一人。 『それ』は幾度となく牙を突き立て、人びとから血液を取り出す。 その度に、苦痛と恐怖の声が闇を裂く。 悲鳴はまたもや消え去り、そしてまた、新たに生まれる。恐ろしく獰猛(どうもう)な闇の僕(しもべ)によって――。 |