transend darkness-

第五章





chapter:明かされる真実U




 U



 夜の闇と化した男は、屋敷の地下室に、忽然(こつぜん)と姿を現した。

 目の前には、イジドア・ダルグリッシュが輸血をされた状態で深い眠りについている。

 点滴スタンドに固定された血液パックに入っている血液がイジドアの太い血管と繋げた細長い管を通って静かに落ちていく。

 日に焼けただれた皮膚は元に戻りつつあるものの、しかしイジドアはいまだ瀕死状態で、生死の間を彷徨(さまよ)っている。いうなれば昏睡状態に近い。

 それにも関わらず、ランバートは自ら手を下そうとしなかった。

 ランバートは最も強欲で野心が強い。それ以上に、自分が気に入らない者は徹底して排除しようとする獰猛(どうもう)なヴァンパイアだ。

 その彼が直接手を下さず、イジドアの息の根を止めるよう命じてきた。

 どういうことかと疑問に思ったが、実際、この屋敷に足を踏み入れてわかった。

 なるほど。この屋敷周辺は悪魔払いの術が仕掛けられている。これでは悪魔の力を駆使しているランバートは太刀打ちできない。

 だから彼は止めを刺しに行けと自分に命令を下したのか。


 男は懐から取り出した短剣を、重傷を負っているイジドアの喉元目掛けて振り下す。


 やがて上質なベッドカバーや上掛け布団には赤い血液が飛び散り、周囲は鮮血と化すだろう。

 男は、しかしイジドアの喉元を突き刺さなかった。

 喉元に届く寸前、刃は宙で止まる。


 男は躊躇(ためら)っていた。

 それというのも、男はイジドアの泣き顔や笑い顔、拗ねている時の表情をすべて知っているからだ。

 その彼は今、自分の敵として存在し、ランバートの力にねじ伏せられて意識不明の重体だ。


 イジドアを殺さなければ、ランバートに裏切ったと看做(みな)される。そうなれば、最愛の女性、リリースは二度と、自分の手元に戻らない。

 男がイジドアとは違う道を選び、獰猛なヴァンパイアとして生きてきたのもすべて、このためだ。

 これまで何のために生前のリリースと同じ年齢の人間を襲い、恐ろしい罪悪感に苛まれながらも、一滴も残さず彼女に血液を飲ませたのかわからなくなる。

 これではすべてが水の泡だ。

 男は歯を食いしばり、イジドアの喉元を突き破らんと、今度こそ勢いよく短剣を振るう。

「イジドア!!」

 しかし、男の決意はまたもや新たな侵入者によって邪魔をされた。

 どうやら彼は自分の魔力に気がつき、この部屋にやって来たようだ。

 彼はたしか、イジドアの協力者のエクソシストだ。名前は、ノア・フィルスコット。

 たとえイジドア本人が理解していなくとも――彼は、母親に裏切られ、人を信じることということに怯え、凍りついてしまったイジドアの心を少しずつ解かしている人間だ。


「お前は何者だ! ランバートの仲間か!!」

 ノアはイジドアの喉元を突き破らんとしている短剣を持った見知らぬ男の出現に、どうやって侵入したのかとはじめは驚きを隠せなかったものの、それでも男の気配がヴァンパイアのものだと察知したのか、イジドアの命の危機に直面していると判断したらしい。

 ノアの右手に握られた懐から取り出した銀のナイフが光る。

 アイスブルーの瞳には決意が見える。

 その瞳の真意は、自分がリリースを想う気持ちと同じ部類のものだと、男はすぐさま感じ取った。

 自分と同じ想いを持つ彼を殺せるわけがない。

 それはまるで、自分の決意もすべて届かないと言っているようではないか。

 ノアの姿に自分を重ねてしまった男は、ひとつ舌打ちをひとつすると、薄闇の中へ消えた。





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