transend darkness-

第六章





chapter:反抗T




 T



 男は、深い森の中で気配を消し、佇(たたず)んでいた。


 目の前にあるのは蔦で覆われた古い門。その奥に見えるのは、それは遠い過去、別荘だった屋敷だ。

 赤で彩られた屋敷内はけっして居心地が良いと言える色彩ではなかったが、人びとを招き入れ、社交パーティーをするには打って付けの華やかだった。その光景は昨日のことのように覚えている。

 当時はまだ父親が生きていて、弟は無邪気に走り回り、テーブルに置いてあるオードブルに手を伸ばして、良くくすねていた。

 地下にある部屋は二人だけの秘密の隠れ家として使っていて、他愛のない秘密事を弟と作った時やイタズラをした後に使っていた……。

 あの頃はすべてが輝いて見えていた。自分の進む道は光に包まれ、何ひとつ恐れるものはないと信じていた。

 だが、実際はどうだろう。長い年月が経った今、自分は不死という化け物になり、手はすっかり穢(けが)れてしまった。

 できることなら、昔に戻りたい。もう一度、あの幼い頃から人生をやり直したい。

 男は遠い昔に思いを馳せていた。

 しかし、今となっては過ぎた過去だ。


 男は自分に言い聞かせると、『イジドア・ダルグリッシュを殺す』という与えられた任務を遂行することができなかったことを協力者に伝えるため、協力者の元に戻ることにした。

 下手をすれば、自分は協力者に殺されるだろう。

 しかし、万が一という可能性も捨てられない。

 もしかすると、イジドアを殺せない理由を話せば、彼は許してくれるかもしれない。


 男は一縷(いちる)の望みを抱き、漆黒に姿を変えて闇の中を動く。

 次に、男の視界に現れたのは荒れ果てた墓地ばかりが広がった、陰湿な空気漂う大きな屋敷だ。


 立派な門構えをくぐり抜けた先にあるのは玄関ホールだ。

 さらに奥へと進めば、そこは石畳の大きな広間がある。

 その広間は間隔を大きく取った、太くて頑丈な柱が数え切れないほど配置されている。

 その場所に、彼はいた。

 彼は深い背もたれのある椅子に座し、腕にはぐったりと項垂れている色白な肌をした女性の姿がある。


 彼は、金の瞳に腰まである長い髪。引き締まった身体に美貌をもつ、男の協力者――ランバート・ディルモアだ。


 男はランバートの前まで進み出ると、静かに口を開いた。
 

「俺にはイジドアを殺せない。弟なんだ……。たとえリリースを蘇らせるという契約でも、それだけは実行できない」


 男は神妙な面持ちでランバートに説得を試みる。


「……そうか、それは仕方がないな」

 ランバートが頷いた。

 どうやら彼は自分の気持ちを理解してくれたようだ。

「わかってくれるのか?」


 男の表情が一気に明るさを取り戻した。

 彼はリリースを生き返らせる契約を引き続きランバートが続行してくれるのだとばかり思った。


 しかし、それは間違いだった。ランバートは目的を達成するのためには犠牲さえも厭(いと)わない残忍な性格だということをすっかり忘れていたのだ。


 男が、気がついた頃にはすっかり後の祭りだ。

「ああ、この女と生きたいのなら、そうすれば良い。何もかもを乗っ取られて、な」


 冷ややかな笑みを浮かべ、ランバートはそう言うと、腕の中でぐったりしていた女は身体を起こした。女はやがて黒い煙に変化する。

 そして生まれた黒い煙は男の口や鼻孔から侵入し、内部から身体を覆った。

 漆黒だった男の眼は上を向き、やがて心臓を押さえて苦しみはじめる。

 男は悲鳴にも似た呻き声を出し、転げ回った。

 男の額には玉のような汗が浮かび上がる。

 身体が極端に熱せられているのか、蒸発するような煙が身体から立ち込める。



 ランバートは足を組み、その光景を冷ややかに見下ろす。

 悦に浸る金の瞳が、男の苦しみもがく様を捉えていた。





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