transend darkness-

第七章





chapter:悲戦T




 T



 姿を霧に変え、イジドアがやって来た先は墓地が広がる陰湿な場所だった。

 この場所は毒々しい瘴気(しょうき)が靄(もや)のように包み込み、渦巻いている。

 どこからともなく匂ってくる硫黄の匂いが気持ち悪い。

 この場所はおそらく、悪魔の巣窟と化しているだろう。

 いつ出現してもおかしくはないと、彼は思った。


 イジドアは意識を集中し、察知したドミニクの魔力を追う。

 周囲を警戒しつつも進んでいくと、地面が盛り上がり、小さな手が次々と飛び出した。


 どうやらランバートはイジドアがここへやって来ることを見越し、網を張っていたらしい。

 そう易々と侵入を許してはくれないようだ。


 やがて小さな手は地面から這い上がり、姿を現す。

 漆黒の翼を背中に生やした赤ん坊の姿をしたロウ・デーモンたち数体が彼の前に立ち塞がった。

 彼らはイジドアを見るなり、けたけたと笑いながら群れを成してやって来る。

 イジドアは銀のナイフを数本、懐から取り出し、構える。


 彼は墓地から飛び出てくるロウ・デーモンをことごとく葬り去った。

 いくら悪魔とはいえ、低級でしかない。イジドアの足止めにもならないことはランバートだってよくわかっている筈だ。


 ともすれば、彼はまだ何かを企んでいるに違いない。


 イジドアは警戒を怠らず、ロウ・デーモンを葬り去りながら先を急ぐ。

 するといくらも経たないうちに、今度は硬い甲羅を持ったダーク・キラーも出現した。

 イジドアはすかさずジャマダハルを構えた。


 彼らは鋭い骨でできた武器で襲い来る。

 だが、遅い。

 イジドアは持ち前のスピードをもってダーク・キラーの懐に接近するとジャマダハルを打ち込んだ。


 ロウ・デーモンたちは断末魔の声を上げる間もなく、無に帰す。


 間もなくして石造りの門構えが見えた。

(ここだ。この中にドミニクがいる)


 高ぶる気持ちを押さえきれず、彼は走る。

 しかし、屋敷に侵入する彼の足を止めたのは、やはり悪魔だった。

 突然閃光が現れたかと思いきや、それはイジドアの懐にあっという間に詰め寄った。

 細長い円錐の巨大な槍をみぞおち目掛けて突いてくる。

 イジドアは後方へ飛び、なんとか攻撃を避ける。

 するとそれはもう一体、それは姿を現した。

 背後から悪魔の気配を感じ取ったイジドアは振り向くことなく右に跳び、回避する。

 腰に取り付けているホルダーから、二丁のデザートイーグルを抜いた。

 このデザートイーグルに込められている弾は鉛の上に銀で包んでいる。対悪魔用の弾丸だ。

 いかに上級の悪魔といえど、この弾に打ち抜かれればひとたまりもない。


 彼は、はじめに右手にあるデザートイーグルの弾を頭上に撃つ。

 その次に、二体に銃口を向け、引き金を引いた。

 しかし、彼らは恐ろしく素早い。

 イジドアが目で追うのがやっとで、デザートイーグルに込められた弾はことごとく避けられる。

 一向に当たる気配がない。

 オート式の銃の砲弾は他の銃よりもずっと速いのが特徴なのだが、彼らはそれ以上に速かった。



 目の前に立ち塞がる彼らは数千年という長い年月を生きるイジドアでもあまりお目にかかることはない。

 その姿は、ロウ・デーモンやダーク・キラーのようにおどろおどろしいものではなく、何世紀も前の戦士のような白銀の鎧に身を包んでいる。一見するともはや人間のような出で立ちをしている。

 悪魔には見えない。


 悪魔は上級になればなるほど、人に近い身体を手に入れる。それはすべて人間を騙し、恐怖と混沌に陥れるためだ。

 ――第三形態の悪魔、ストーカー。

 最終形態のリーパーほど強力ではないものの、しかしそのスピードは閃光のように恐ろしく速い。このような悪魔を二体も相手をするのは正直言って分が悪すぎる。

 ランバートはいったいどうやってこのような上級の悪魔を僕(しもべ)にしているのだろう。


「くそっ!」

 イジドアは舌打ちをした。


 今、ドミニクの命が危機に瀕(ひん)している。こうしている間にも、ドミニクはランバートに多大なる苦痛と恐怖を味わわされている。

 もしかするともう、ランバートに殺されたかもしれない。

 こんな悠長に悪魔と戦っている時間は今の自分にはない。

 なかなか目的地点まで辿り着けないことで、苛立ちが募っていく。

 おかげで彼の判断能力が鈍ってしまう。

 これもランバートの策略のひとつかもしれないと思うと腹立たしいことこの上ない。実に不愉快だ。


 それでも先を急ぐイジドアはこの悪魔たちを倒す他に、先へ進む術はない。


 ストーカーは地を蹴り、瞬時に間合いを詰める。

 その間でもイジドアは発砲を止めない。

 しかし彼らはイジドアが放った弾をことごとく避け、槍を突きつけて攻撃してくる。

 その度に、イジドアはストーカーの攻撃をなんとかかわし、発砲する。


 とにかく、これらと戦うには接近戦は不利だ。そう判断したイジドアは、ストーカーと距離を保ちながら攻撃をする。


 だが、ストーカーはイジドアの動きを読んでいた。

 そして銃身から弾が飛び出てくるタイミングも自分たちに当たる時間もすべて、彼らは計算していた。

 上級の悪魔は知能もそれなりに発達している。

 彼らはこうやって知能と魔力を駆使して生きているのだ。


 一体がイジドアの後ろへ回り込む。


 しかし、イジドアもまた、黙ってはいない。


 ――彼は、この時を待っていた。

 ストーカーに当たる筈もない攻撃を繰り返し、むやみやたらとイーグルを発砲していたのはすべて、このためだ。

 イジドアは彼らの知能が優れていることを逆手に取ることにしたのだ。

 この一撃に繋げるための一手を、彼は考えていた。


 イジドアは後方と前方にいるストーカーに向けて発砲する。

 そして地を蹴り、上空へ飛んだ。

 するとその位置で、今まさに、彼がはじめに頭上目掛けて発砲した弾丸が目の前に落ちてきた。

 イジドアは、落下してきた弾目掛けて発砲し、当てる。

 ぶつかり合った弾ふたつのうち、落ちてきた弾は右へ、打ち込んだ球は左に進む。その先にいるそれぞれのストーカーに向かった。

 不規則なタイミングでの発砲。おかげで、ストーカーの判断力が鈍った。

 イジドアにとって、たとえそれがほんの僅かな短い時であっても、ストーカーを葬り去るのに十分なものだった。

 イジドアは生まれ出た一瞬を突き、続けて二度三度と発砲すると、頑丈な槍のただ一点を狙う。

 すると同じ箇所に何度も弾を受けたことにより、槍はやがてひびが入る。

 粉々に砕け散り、次に放ったイジドアの弾が、それぞれのストーカーを打ち抜いた。

 銀の鎧を身に着けた古き戦士は跡形もなく、無に帰す。


 周囲にはふたたび静寂が戻った。

 彼が放った火薬の匂いが硫黄の匂いを掻き消している。


 

 イジドアは門構えをくぐり抜け、屋敷の内部へと入っていった。





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