メルヘンに恋して。
第二章





chapter:好き=縫いぐるみ>アドレー




(三)



 ひょんなことからアドレーへの恋心を知った篤(あつし)だが、それからのふたりの関係には依然として変化はない。
 篤は相変わらずアドレーと接触するたびに逃げ出すへなちょこっぷりを発揮していた。
 なにせ篤はダメダメ人間だ。いくら両想いだとしても、恥ずかしいという気持ちに変化はない。いざアドレーを前にしてしまえばひとたび羞恥に襲われ、へっぴり腰になる。セックスは疎(おろ)か口づけさえもままならない。これでは素直になるどころではない。
 ただでさえダメダメ人間の篤ではあるが、さらに彼を臆病者にさせている理由は他にもあった。アドレーとの身分差だ。彼は異世界の人間でしかも王子。いずれアドレーは元の世界に帰るに違いない。そうなった時、アドレーと情を交わしてしまえば、もう元の孤独なひとり暮らしでは満足しなくなる。
 アドレーとの別れの日を考えると、どうしようもない喪失感に襲われる。
 しかし、恋を知ってしまえばあとはもう抜け出せないのもたしかだ。蟻地獄のようなものだと篤は思った。
 だからこそなのかもしれない。篤は自分を守るため、知らず知らずの間にアドレーと境界線を張り、自分とは違う存在なのだと言い聞かせていたのだ。
 だが、自分はアドレーへの恋心に気がついてしまった。もうこの恋に抗う術はない。
 そうなると、もう落ちるところまでいくしかない。恥ずかしくていまだにアドレーとのセックスはできないが、それでもへなちょこなりに生まれ出たこの恋に身を任せることにした。
 篤がアドレーとの恋を覚悟すると、おかしなことに中根とはめっきり話す機会が減った。というのも、会社はいよいよ冬商戦に向けて動き出すからだ。企業には一点でも多く、自分達が販売している家電製品を置いてもらわなければならない。ここで暢気(のんき)に過ごしている暇はない。


「ただいま」
 今日も一日歩き詰めだった篤は、くたびれたスーツで帰宅した。
 会社が終わり、今日という日がやっと終わるのかと思いきや、実は篤の一日はまだ終わらない。――というよりもむしろ、これからが本番だったりする。
 なにせ自分の家には見目麗しい異世界からやって来た王子がいるのだから――。
「おかえり、愛しの君」
 篤が玄関のドアを開けると同時に抱きしめられ、すぐに身体は拘束される。
 そしてその人物は篤の唇さえも拘束する。薄い唇が篤の唇を塞いだ。
「ん、っふ、アドレ……」
 篤は分厚い胸板を押し、目いっぱいの拒絶を図る。
 しかし相手は剣術もお手の物。しかも魔法も使えるという国の王子だ。
 当然、一般社会人の篤が敵う相手ではない。
 交わった唇は深くなり、呼吸が困難になって口を開ければ、彼の舌が口内へと入り込む。
 熱をもつ長い舌は歯列をなぞり、上顎から下顎。さらには舌を絡め取られ、我が物顔で口内を蹂躙しはじめる。
「んっ、っふ……」
 彼の舌が篤の口内を動き回るたび、背中がゾクゾクする。
 下半身が反応し、膨れ上がる篤の陰茎がズボンを押し上げる。
 分厚い胸板を押していた篤の手はいつの間にかアドレーの腕に縋るように掴み、美しい彼に身を任せる。
 快楽を感じ始める篤だが、自分が今、アドレーとどういう姿で深い接吻をしているのかと想像すると、すぐにダメダメっぷりが発揮した。
「ん、っうう、やっ!!」
 篤は掴んでいたアドレーの腕を離し、力いっぱい胸板を押して拒絶した。
 するとアドレーは、父親にかけられていた魔法が発動する。『ポムッ』という可愛らしい音が鳴り、アドレーはペンギンの縫いぐるみへと変化した。
 身の置き所のない羞恥に襲われ、勢い任せてアドレーを投げる篤だったが、彼が壁に激突するや否や、我に返った。
 なぜなら壁に打ち付けられたのは金髪美形な王子アドレーではなく、エンペンくんだったからだ。
 エンペンくんは目を潤ませ、こちらをジッと見つめている。
『ボクを嫌いになったの?』『捨てないで』などと、篤の中で、エンペンくんの悲痛の叫びが聞こえてくる。
「ああっ! 俺はなんということをっ!!」
 篤は急いでエンペンくんに駆け寄り、抱きしめた。
「そういうつもりじゃなかったんだ。ごめん、エンペンくん!!」
 篤はエンペンくんに怪我がないかをたしかめる。
 当然、縫いぐるみに怪我など有り得ないことだが、篤にすればそれだけエンペンくんが可愛いのだ。
 篤は頬を擦り寄せ、幾度となく、自ら愛くるしい黄色いくちばしに唇を落とす。
 アドレーの時にはあれほどまでに拒んでいた口づけさえも当然のように繰り返していた。
「……複雑だ」
 またもや不服そうなアドレーだが、篤の頭の中は既にエンペンくんで染まっている。当然、アドレーのぼやきなど聞こえる筈もない。
 そして今夜も篤はエンペンくんを夜通し抱きしめるのだ。
 こうしてアドレーはエンペンくんとしてこの家にある唯一のベッドで篤と共に寝起きを繰り返し、翌朝は篤のために朝食を作ろうとするので魔法の効果が消え、元の姿に戻る。二人はそんな毎日を繰り広げていた。





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