chapter:こいごころ。 (一) アドレーがこの世界から去って数日が経った。 篤の心の中ではアドレーが消えるどころか、彼への想いが募る一方だ。 波打つ金髪に透き通った青い目をした彼のことを思い出すだけで、篤の胸が苦しくなる。 だが、アドレーは違う。彼は見目麗しいばかりではなく、身分ある王子だ。自分の国に戻った彼はきっと、篤のことなど忘れて妃を娶り、幸せに暮らしていることだろう。 篤に告げた愛の言葉の数々を妃に向け、告げている。 そう考えると、自分が彼を追い出したのにも関わらず、篤の気分は落ちていく。心ここにあらずといった状態が続いていた。 そのおかげで順調だった営業も元通り――とはいかず、以前よりもずっと悪化していた。 「なあ、親戚の友人だっけ? あの外人はもう国に帰ったのか?」 それは突然だった。仕事が捗らず、ノルマ達成のために今の今まで営業で駆け回っていた篤は、今日も夜遅くまで残業をしていた。 時刻は十九時を過ぎている。 てっきり自分ひとりきりだと思っていたオフィスでは、しかし自分の他にも社内に残っている人物がいた。 中根だ。彼は優秀だから、残業をする必要なんて無い。いったいどうしたのだろう。 けれども篤が中根に尋ねる前に、中根の口から質問をされてしまった。 (親戚の友人?) はじめ、篤は中根の言葉が何を意味しているのかが理解出来ず、首を傾げる。 すると、ひとつ思い当たる節を見つけた。 たしか、篤が酔い潰れてしまった後、無断欠勤をした時のことだ。中根が心配して家まで訪ねてくれたことがあった。 あの時は無我夢中で、何を話したのかよく覚えていないが、アドレーと出会してしまった時、適当に言いつくろってそんなことを言った気がする。 アドレーのことばかりを考えていて、自分が言ったそんな内容すらもすっかり忘れていた。 「あ、うん。もう帰った」 彼はもういない。あらためて思い知らされる事実に、篤の胸がズキリと痛む。 篤は痛む胸を無視して、中根の質問に答えた。 「……そうか」 そう言った中根は、どこかほっとしているように見えるのは気のせいだろうか。 「今日、今から飲みに行かね?」 それはきっと、同僚としての気遣いだろう。それとも、上司に気遣うよう言われたのかもしれない。 なにせ彼は社内でとても上司に信頼されている。 中根は営業の成績が落ちていたから、慰めてくれようとしているのだと、篤は思った。 どうせひとりで家にいても、思い出すのは篤の好みど真ん中の金髪美形の王子のことばかりだ。 ここらで気分転換でもしたい。 篤は中根の誘いに断る理由が見つからず、大きく頷いた。 |