メルヘンに恋して。
最終章





chapter:告白。




(二)



 中根に誘われ向かった先は、ネオン街の角にある小さなバーだ。
 片手扉を開け、中へ入ると、店内には男女二人組のカップルが多い。
 店内に流れる音楽はしっとりとしたジャズが流れている。もの静かな空間が広がっていた。
 オレンジ色の照明は暗すぎず、明るすぎずで、柔らかい雰囲気が店内を覆っている。
 二人で入るには居心地が良く、じっくり話ができそうだ。
 こういう場所を選ぶ彼はなかなかセンスが良い。おそらく彼は日頃から多く利用しているに違いない。
 何をしても様になる彼は同じ男として嫉妬してしまうくらいスマートで格好良い。
 中根は店内の隅にあるテーブルを陣取り、向かい合わせで座ると、自分用のウイスキーと篤(あつし)にはノンアルコールのカクテルを頼んだ。
 中根の薄い唇はバーテンダーに注文したそれっきり、開く気配がない。
 もしかして、彼は自分と同じ空間にいることをもう後悔しているのかもしれない。
 いくら責任感があるからといって、たかが同期の社員にすぎない自分のことを心配する義理はない。
 篤のダメさ加減にうんざりしているのかもしれないのだ。
 このまま無言で過ごすには耐えられない。
 ダメな自分を誰からも受け入れられず、無理をしてまで付き合わせるのは忍びない。
 これではますます自分が惨(みじ)めになってしまう。
 いや、何も中根にはじまったことではない。アドレーだってそうだ。
 たとえ自分から出て行けと言ったものの、それでもアドレーは少しばかり食い下がってもいいのに、それさえもせず、供のクラウンと一緒に国へ帰ってしまった。
 これは篤に愛想を尽かし、出て行ったということに他ならない。
「あのっ!」
 篤は沈黙に耐えられず、声を上げた。
 たったひと言しか発していないその声は、しかし自分でも思うほど、震えている。
 篤は自分のダメさ加減にほとほと呆れ、帰ろうと腰を上げたその時だ。彼の薄い唇が開いた。
「……何か、あったのか?」
「えっ?」
 驚いたのは篤だ。中根はてっきり一緒にいても面白くもない自分にうんざりしていたのかと思いきや、腰を上げそうになった篤を引き留めた。
 いや、それだけじゃない。中根は篤を心から気遣っている。その証拠に、眉間には深い皺が寄り、常に自信に満ちている目は悲しみに満ちていた。
 おかげで椅子から浮きそうになった篤の腰が下りる。
「いや、最近、ずっと元気がないっていうか、苦しそうっていうか……営業部みんな心配してるんだよ……ってそんなことが言いたくってここに誘ったんじゃなくて……」
 そこまで言うと中根は少し頭を抱え、俯(うつむ)いてひとつ唸った。
 こんな中根の姿を見るのははじめてだ。
 篤はただ瞬きを繰り返し、目の前の彼を見つめる。
 すると中根は観念したかのように、顔を上げた。その目は先ほどの憂いに満ちたものではない。真剣そのものだ。
 二人の間にふたたび沈黙が生まれる。
 店内に流れるサックスとピアノのBGMが篤の耳を通り抜けていく……。
 そんな中、ただただ篤の視線と中根の視線が絡み合う。
 中根の視線はどこか熱がこもっている。篤は彼の目から視線を外せなかった。
 心臓が大きく鼓動しているのは何故だろう。
 篤は大きく鼓動する胸を押さえ、中根の言葉を待つ。
「俺は……」
 中根が沈黙を破った。
「……ずっと桐野(きりの)を見ていた。不慣れな営業でも諦めなくて、めげないその姿に惚れた。ここ最近、日に日に色っぽくなっていくのがわかって、例の親戚の友人だっけ? その外人に嫉妬していたんだ……。同性にこんな感情を抱くなんておかしいって思うか? だけど俺は桐野がはじめてなんだ。桐野しか、この感情を持ったことがない」
(えっ?)
 思ってもみなかった中根からの告白に、篤は驚きを隠せない。
 篤はこれまでにも何度か中根のような格好いい青年が自分の恋人だったらと思う時があった。
 彼のような彼氏がいたらどれだけ楽しいだろうと考えたこともある。
 以前の自分ならきっと、中根の告白をすんなり受け入れ、胸をときめかせていた筈だ。
 しかし、今は違う。
 篤の中にいるアドレーが消えない。
 あの、自分のことばかり考えている僕様王子のことが頭から離れないのだ。
「ごめん、中根はすごく良い奴だと思うし、格好いいと思う。だけど、俺は……」
「もしかして、あの外人が好きなのか?」
 訊(たず)ねられ、篤の目に涙が溜まる。アドレーにはこの想いは一生届かない。
 そのことが、とても苦しい。
 嫌と言うほど毎日のように、篤に熱意を込めて愛を告げていたアドレーはあっさりと自分の前から姿を消した。
 アドレーに振られたことを認められない。
 そんな自分がさらに惨めになる。
 自分はアドレーが好きだ。だけど、想い続けてもけっして報われないこの恋は無謀すぎる。
 それでも、この恋を諦めることができない自分が恨めしい。
 篤は俯き、歯を食いしばる。
「ごめん。そうだよな、すぐに俺を見てほしいなんて言わない。だけど俺はまだ諦めねぇから。俺ならいつでも桐野の傍にいるし、そんな辛そうな顔もさせねぇ自信がある。少しでもいいから、俺がいること、考えてみてほしい」
 熱意のこもった目が篤を射貫く。
 アドレートとは違った大きな手が、テーブルの上に置いていた篤の手を握る。
 それきり中根は口を開くことなく、篤もまた、何も言えず、心がざわめき、揺れた。





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