メルヘンに恋して。
最終章





chapter:慕情




(三)



「俺のこと、少しでいいから意識してほしい」
 中根からそう告白された三日後の今日は日曜日。
 篤(あつし)は中根とデートをすることになった。
 篤の心にはいまだにアドレーがいるものの、それでも中根の熱が隠った視線を断ることができなかった。
 それはきっと、自分も報われない想いを抱いているからだ。
 今日は快晴だ。秋らしい鱗雲が青空に浮いている。気候はやや肌寒いが、心地良い空気が肌に当たり、清々しい気持ちにさせてくれる。
 中根との待ち合わせ場所は会社から数分しか離れていない最寄り駅、ロータリー前の時計塔だ。
 中根がエスコートをしてくれるらしい。デート先がどこなのかは秘密とのことで、中根は教えてくれなかった。
 最寄りの駅は小さいが、それでも日曜日ということもあってか、平日よりは人が多い。
 時刻は十二時四十五分。待ち合わせ時間よりも十五分速い。
 それにも関わらず、中根はすでに時計塔のところに立っていた。
 中根は普段のファッションセンスもなかなか良い。
 ピーコートを羽織り、グレーのニットセーターにチノパンをはいている。
 道行く女性の目はクールな雰囲気のイケメン中根に釘付けだ。
 対する篤はというと――デニム生地のフード付きピーコートに長袖シャツ。カーゴパンツといった、やや幼い印象にも見える。
 しかし、かといって自分が中根のような大人なファッションにしようものなら、服装ばかりが目に入り、容姿とはまるであべこべだ。
 なにより、篤は中根のようにイケメンではない。彼とは違った視線を浴びるに違いない。
 道行く人びとからおかしな目で見られるのがオチだ。
電車に揺られて三駅ほど。中根に連れられてやって来た先は紅葉園だった。
 赤く色づきはじめている紅葉はとても綺麗だ。
 行動派の中根のことだから、てっきりもっとアクティブな所を選ぶのかと思ったのだが、意外にも篤と似たようなところが好きなのか。ゆったりとした空間が流れている。
「びっくりした。中根ってこういうところが好きなの?」
「いや、桐野の好みがそうなのかと思って……」
 ぽりぽりと頭を掻いて篤を見つめる中根の頬はどこか赤い。
 どうやら彼は照れているらしい。
 篤の好みを理解し、自分よりも相手の好みに合わせる彼はまさに出来る男だ。仕事だけではなく、プライベートさえも完璧にこなす彼はとても素敵だ。
「あ、あの雨が降ってきても凌げそうな紅葉な、板屋楓(いたやかえで)っていうんだって。」
 中根は照れているのを隠そうとしているらしい。パンフレットを持って、彩っている紅葉たちの説明をはじめている。
 中根は優しい。頼り甲斐があって、こうやってエスコートもしてくれる。
 アドレーならきっと自分のペースではしゃぐに決まっている。
 そもそも、デートの相手がアドレーなら、こんなもの静かなデートなんてしないだろう。
 彼なら自分が好きな場所に行きたがり、篤が仕事で疲れていたとしても気にしない。
 おそらくは遊園地に行きたいなどと言うに決まっている。
『篤、あれはなんだ? ものすごい速さで動いているぞ!!』
 サファイアのように綺麗な青い目を輝かせ、ジェットコースターを指差し、子供のようにはしゃぐ一国の王子の姿が目に浮かぶ。
 そして興奮したアドレーを見た篤もまた、日頃の疲れなんて忘れて笑っているに違いない。
(――ああ、だめだ)
 どうやっても篤の中からアドレーが消えない。
 アドレーのことをすこしでも思い出そうものなら涙が込み上げてくる。
 目頭が熱い。
 一生懸命話してくれる中根の姿が涙で滲む。
「桐野?」
 どうして中根ではだめなのだろう。
 どうして自分は敵わない恋をしているのだろう。
 中根の大切な時間を、何をしてもダメ人間な自分が奪っている。そう考えると、言い知れない罪悪感が篤の胸を痛める。
「ごめん、俺……だめだ。やっぱりアドレーじゃなきゃダメみたいだ。ごめん……ごめんなさい……」
 篤は目から流れ落ちる涙を拭うこともできず、ただひたすら中根に謝り続けた。





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