chapter:おかしな出来事のはじまり (三) まぶしい陽の光に意識が呼び戻される。それと共に、心地よい小鳥の鳴き声が聞こえはじめた。 望まぬ今日という朝が、またやって来たのだ。 仕事ができない無能な自分にコンプレックスを持つ篤(あつし)は、億劫な気分で目覚める。 目を開ければ、少し肌寒い。 何事かと、自分の身体を見下ろすと、眠る時には確かに着ていたトレーナーとズボンがない。 篤は貧相な裸体を披露したまま、ベッドの上で大きな皇帝ペンギンの縫いぐるみを抱きしめていた。 (あれ? なんで?) そこで、今朝方に見た夢を思い出す。 あれは本当に夢だったのだろうか。思い返した今も、美青年の息遣いが感じられそうなほど、鮮明に残っている。 射貫くような力強さに満ち溢れた輝く青い目。高い鼻梁に、薄い唇。 あの美青年の美しさは、この世のものとは思えないほどだった。 さして美しくもない容姿をしている篤を賞賛する言葉の数々。 『アドレー』 夢の中の美青年に名前まであるなんて。なんと精巧な夢だろうか。 まるで、本当に愛撫されているかの錯覚を受ける、彼が与えてくれる甘美なひととき。 その美青年に身体を暴かれ、後孔でも達した。悦楽に浸った夢。 まさかとは思うが、美青年に恥ずかしいあれこれをしてもらう夢を見た現実では服を脱ぎ、自慰をしていたということなのか。 自らが放った白濁が太腿を伝い、流れている。夢精してしまったのだろう痕跡が有り有りと残っている。 「っつ!!」 恥ずかしい。 夢を見た時は無我夢中だったが、こうして冷静になった今、あらためて思い返せばとてつもない羞恥が押し寄せてくる。 けれど押し寄せてくるのは羞恥だけではない。 (美青年とセックスをする夢なんて、もう二度と見ることはないんだろうな……) ともすれば、最後までされても良かったかもしれないと残念がる自分もいた。 あんな淫らな夢を見るということは、愛欲に飢えている証拠だ。 なにせ自分は、二十四年間ずっとセックスをした経験がない。 二十四にもなって、後ろどころか前すらもバージンだなんて今どきの若者ならまず考えられないことだ。 だからきっと、欲求不満なのだろう。 篤は達してしまったがために気怠くなった重たい身体をベッドから起こし、とりあえずシャワーを浴びることにした。 今朝方見た夢は、とてもおいしい内容だった。そのおかげで気分は浮き立っていたものの、それでも出社する時間が刻々と近づいてくればやはり落ちてくる。 そして今日もいつもと変わらない、ダメダメ人生のしがない一日がはじまろうとしていた。 |