chapter:おかしな出来事そのB (六) その日の仕事帰り、篤(あつし)は裏路地にある、『doll』に向かった。 人形専門店、『doll』は、なだらかな坂道が続くそこに、たしかに存在した。 見間違いではない。現に篤は、皇帝ペンギンの縫いぐるみを買っているのだ。見間違いの筈はない。それなのに、おかしい。 そこには古びた看板どころか、店すらも見当たらない。畑ばかりが連なる風景だった。 「どういう、ことだ?」 まるで狐に摘まれたような気分だ。 背中にじっとりとした嫌な汗が流れる。 篤は何とも言えない心持ちのまま、縫いぐるみがある家に帰宅した。 いくら気に入ったからと言って、一度疑わしく思えた物を傍に置くのも怖い。 一度は愛着を持ち、自らエンペンくんと名付けた皇帝ペンギンの縫いぐるみだが、臆病者の篤には、今までどおり、抱きしめて眠るなど、耐えられそうにない。だから篤は押し入れの中に仕舞うことにした。 ……のだが……。 押し入れに仕舞い込もうとしているエンペンくんを見ていると、胸が痛む。 目が潤んで、悲しそうにこちらを見つめているいるようにも見えてくるのだ。 『捨てないで。僕が嫌いになったの?』と悲しみに暮れた幻聴まで聞こえてくる始末だ。 そしてとうとう、良心に負けた。 「うう、ごめんよっ、エンペンくんっ!! 俺には君を狭くて寒い押し入れに入れることなんてできないっ!! こんなに可愛い君だ。きっと、他に何か要因があるはずだよなっ!」 (俺はなんて馬鹿なんだっ!! こんな可愛いエンペンくんが呪いの人形なわけがないのにっ!!) へたれ篤は、残酷なことをしたのだと自責の念に襲われた。 思い直し、エンペンくんを抱きしめ、頬ずりすると結局は押し入れから取り出し、一緒に眠ることにしたのだった。 しかしながら、自分の身の回りでおかしなことが起き始めたのも、縫いぐるみを購入してからというもの、起きているのは事実。 一度は縫いぐるみのせいではないと否定したものの、それでも恐怖心はなかなかぬぐえない。 篤はベッドに入り、エンペンくんを強く抱きしめたまま、眠れない時間を過ごしていた。 「篤……」 どれくらい過ぎただろうか。どこからか、愛おしそうに、自分の名を呼ぶ低音が聞こえる。 どうやら自分はいつの間にか眠りに入ったらしい。 それを知ったのは、例の美青年――アドレーがいたからだ。 アドレーは、やはり裸体で目の前にいる。 それは篤も同じで、何も着ていなかった。 もしかしたら、アドレーはこの世の人間ではないかもしれない。そう思うのに、なぜだろう。少しも怖くない。 それは彼が、篤が好む、美青年像ドストライクだからだろうか。 アドレーの影が落ちる。 彼がキスをしようとしているのだ。 彼は亡霊で、この世に存在しない人物なのかもしれない。もしかすると篤を不幸な目に遭わせたいだけなのかもしれない。 恐怖心はあるものの、それでも篤は目を閉ざし、彼を受け入れてしまう。 薄い唇が篤の唇を覆う。 息苦しくなって口を開けば、舌が忍び込んできた。 「んぅ……」 アドレーとの口づけはいっそう深くなる。 下腹部に熱が灯る。 舌と舌が絡み合い、もうどちらの口内なのかさえもわからない。 アドレーの舌が篤を誘惑する。 篤もまた、広い背中に腕を回し、より深い口づけをせがんだ。 「篤、篤。君はとても可憐で美しい……」 篤を褒めるアドレーの薄い唇は、頬から首筋へと下り、ツンと尖った両乳首を、交互に含む。 薄い唇が乳首から離れる度、リップ音が鳴る。 「あっ、アドレーっ!」 びくんと弓なりに反れる身体。 アドレーは、篤の乳首を存分に味わった後、身体のラインをなぞるようにして、そのまま、華奢な体に舌を這わせ、下肢へと落ちていく。 「……膨れている。キスだけでこうなるのか。もっと気持ち良くしてやろう」 「あっ、やっ、そこはっ!!」 篤の一物に、吐息が触れた。 熱を帯びた視線が――反り上がりはじめている陰茎を射貫くように見つめている。 篤の陰茎は大きく震え、アドレーに見つめられていることに歓喜していた。 「可愛い篤。存分に舐めてあげよう」 言うが早いか、アドレーは篤の陰茎を含んだ。 ねっとりとした湿った熱が篤を襲う。 「あっ、うそっ!? ああっ!!」 器用に口全体を使い、篤を攻める。 口淫などされたこともない篤は、今まで味わったことのない羞恥と、そして疼きに襲われた。 「あっ、っは……」 華奢な腰がベッドの上で浮き沈みを繰り返す。篤の動きに合わせてスプリングが軋みを上げ、淫猥な音を紡ぐ。 先端に移動した舌は、亀頭をこじ開けようと動く。 先走りが溢れ、陰茎が濡れそぼっている……。 「この流れ出る蜜もまた、愛おしい」 アドレーはそう言うと、篤の一物を喉の奥まで誘い込む。陰茎の形を確かめるように窄め、溢れ出る先走りをすべて飲み干そうとしているかのように、強く吸う。 「っは、あっ、そんなっ、吸わないでっ、あっ!!」 狂おしいほどの快楽が押し寄せ、篤の腰は、いっそう、ベッドから浮く。 すると、浮いた双丘に、骨張った指が挿し込まれた。 自ら流した先走りのおかげで、後孔はすでに潤っている。 指が侵入するのと同時に、水音が立った。 窄まりを開くように押し進まれ、内壁が従順に従う。 「あっ、あああっ!!」 やがて骨張った指は、凝りがある一点に触れた。 「っひ、いんっ!!」 腰が跳ねると、アドレーの口内に陰茎を深く刻み込んでしまう。 「あっ、ああああんっ!!」 前は吸われ、後ろは内壁を掻き回される。これでは、もうどうすることもできない。 (まだ二回目なのに……こんなっ……) アドレーとセックスをするようになったのはまだこれで二回目だ。中を掻き回され、達するなんて、そんなにすぐ慣れるものでもない。 それなのに、篤はアドレーがもたらす何もかもに感じている。 篤は自分が思ってもみないほど、淫乱だからなのか。それとも、アドレーがこういった行為に慣れているからなのか。 ふと篤の頭に過ぎる、光景。 その瞬間、篤の胸が締めつけられた。 動揺を隠せない篤だが、オーガズムの波は、もうすぐそこまでやってきている。 ほんの一瞬、何かしらの不安要素が駆け抜けたものの、それが何かなのかをたしかめる時間を与えてくれない。 アドレーのもたらす強烈な快楽が篤のすべてを包み込んだ。 「っひ、やっ、だめっ、イくっ! っふ、あああっ!!」 これで最後だと言わんばかりに、陰茎を強く吸われた。 押し寄せてくる強烈な快楽。 恍惚(こうこつ)とした歓喜の情が溢れ出る。 もう何も考えられなくなった篤は、ただ快楽に身を任せ、意識を飛ばした。 次に篤が目を開けたのは、カーテンの隙間から、白じんだ空が覗いていた頃だった。 ――朝が、やって来たのだ。 (……ゆ、め?) 視界を自身の身体へと移動させると、やはりとも言うべきか。一糸も纏わない貧相な身体がそこにあった。 両腕には、エンペンくんをしっかり抱きしめている。 (ほんとうに、夢?) アドレーとのひとときは、夢のようでもあったが、現実にあった出来事とも感じられるほどの甘美なものだった。 それはまるで、本当に自分の隣に存在していたかのような……。そんな感覚にとらわれる。 「アドレー」 エンペンくんを抱きしめ、篤は、ぽつりと彼の名を呟いた。 その声音は色香を含んでいたことに、本人は気づかない。 |