メルヘンに恋して。
第一章





chapter:夢? 現実? 出会いは突然やってくる!




(七)



 この世のものとは思えないほどの美しい金髪青年アドレーの夢を見るようになって、もう二週間が経とうとしている。

 篤が眠るたび、アドレーと会い、快楽を与えられる。

 おかげで篤の身体にも異変が起きていた。今まで意識したこともなかった平らな胸に乗っている乳首がツンと突き出しはじめてきたのだ。

 アドレーと過ごす夢は、妙に現実味を帯びている。まるで白昼夢でもみているかのようだ。

 ウェイトレスの見間違いとも取れる、篤と一緒にレストランに入った人物や、酒に酔いつぶれた篤を無事に家まで送り届けてくれた人物。

 特に後者の方は、篤が眠るたびに夢の中で出会う、アドレーの容姿に似ていることが発覚したりと、一般的に言われる心霊現象のような不可思議な出来事が続いている。

 自分は呪われてしまったのか。

 篤の身に危険が降りかかるのかと思いきや、実際のところ、それ以上のおかしな出来事は起こらなかった。


――いや、おかしな出来事がまったくないと言えば嘘になる。しかし篤にとって、それは不吉なことでも恐ろしいものでもない。

 なんと驚くことに、篤があれほど苦労していた商社訪問で、少しずつではあるが顧客が増えていったのだ。おかげで営業部としての成績もそこそこ良くなった。

 同僚の中根には明るくなったと言われ、上司からは褒められた。

 たとえ夢の中であっても、篤がアドレーと過ごすことで、欲求不満が解消されたのか。とにもかくにも、篤の悩み事のひとつは消えた。

 では、篤の夢の中で頻繁に現れるアドレーとはいったい何者なのだろうか。

 果たして彼は、本当に皇帝ペンギンの縫いぐるみに取り憑いている幽霊で、篤を取り殺そうとしているのだろうか。

 だが、取り殺す相手を、わざわざ幸福にするという心霊現象なんて今までに聞いたことがない。

 まさか彼は神様とも言うべき者なのだろうか。


 たしかに、アドレーには神がかった美しさがある。しかし、彼は神様というよりも、自分と同じ生身の人間のようにも思える。

 どこか人間味を感じるのは気のせいなのか。

 アドレーのことを知ろうとすればするほど、疑問ばかりが浮上する。けれど彼の正体を知るのは、思いのほか早かった。


 それは篤が仕事でも上手くこなせるようになった、さらに一週間が過ぎたある朝のことだ。販売の契約が結ばれたこともあって安心したのか、熱を出し、倒れた時に起こった。


 その日の朝は、いつもより、ずいぶん身体が重かった。

 それでもなんとか、重い身体をベッドから起こせば、すぐに平衡感覚は失われ、床にくずおれた。

 このところ仕事が順調だったから、勢いに乗った今のうちにと調子に乗って、皆が出勤する前よりも早く出社して、夜遅くまで残業をして仕事をこなしていた。どうやらそれがいけなかったらしい。日頃の疲労が溜まり、風邪をひいてしまった。


 だが、ここで会社を休むわけにはいかない。今日だって、アポイントメントを取った商社がある。訪問をしなければならない。なんとしても、仕事に行かなければ。

 ダメダメ社員の自分がようやく十人並みの社員になれたのだ。この機会を失えば、また役立たずなダメ人間に戻ってしまうかもしれない。

 焦る篤は言うことを聞いてくれない身体に鞭打って、出社する準備をする。

 それなのに、身体はなかなか言うことを聞いてくれない。ふたたび床に倒れ込んでしまった。


(身体が熱い。焼けそうだ……)

 篤は荒い息を吐きながら、潤む視界に目を凝らす。

 するとふいに自分の身体が床から浮いた。

 びっくりして顔を上げると、そこにはなんと、夢に見た金髪美青年のアドレーがいるではないか。

 きっとまた自分は夢を見ているに違いない。

 篤は起きろと自分に言い聞かせ、何度も瞬きをする。

 熱に浮かされる涙を落としても、やはり景色は変わらない。依然として整った双眸が自分を見下ろしていた。

 篤はなぜ彼が自分の目の前にいるのかと目を疑ったが、熱に浮かされたこんな虚ろな状態だ。気を失い、夢の中にいるのだと思い直した。

 だから篤は全身の力を抜き、アドレーに身を任せる。

「疲れているんだ。今は無理をするな」

 ふんわりと柔らかい感触が背中を包む。ややあって、篤はアドレーの力を借りてベッドに戻ることになる。

「風邪、早く治さなきゃ」

 誰に言うでもなく、篤がそう呟けば、目の前にいる彼の薄い唇が動いた。

「安心しろ。俺が看病してやるんだ、すぐに治るさ」

 アドレーの自信満々な彼の物言いに、思わず笑ってしまう。

 篤の明るい笑い声が部屋を包む。

「さあ、おやすみ。可憐な君……」

 それはまるで幼子を寝かしつけるかのようだ。大きな手が篤の頭を撫で、額には彼の薄い唇が優しく触れた。

 アドレーの包み込むような優しさで、心地よい気分になった。熱に浮かされ強張った身体から、余分な力が抜けていく……。

 篤はまた目を閉ざし、意識を手放した。



 ―第一章・完―


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