chapter:忌み子 (二) 誰よりも早く、悪魔に忌み子を連れ去られたことを知った天界神ウラノスは、天使たちを使い、居場所を探させた。 けれども一日が経ち、一週間が経ち、一年が経っても忌み子の姿はどこにも見当たらない。 困り果てたウラノスは、頼みの綱として光の魔法使いであるカラムを自らの神殿に呼び出した。 茨の塔の中に残っていた邪な魔力を感じた彼は窪んだ目を細め、皺だらけの手で真っ白に蓄えた顎髭(あごひげ)を撫でる。 ふたつにねじ曲げた太い木の枝の杖を右の手に持ち、腰を折り曲げて前を見据えた。 「闇の力を感じまする」 「さもあろう。さて、カラム。汝、時の旅人よ。お主ならあの子をどこへ隠すかね?」 カラムの言葉に頷き、ウラノスは訊(たず)ねた。 「私が悪魔なら、闇でもなく光でもない世界が格好の居場所かと存じまする……」 カラムの視線は目の前の美しい花々が咲き誇る庭ではなく、遙か遠くを見つめていた。どうやら彼にはもう忌み子がどこにいるのかがわかったようだ。 「なるほど、地上界(グラウディア)か。たしかにあそこは広い。人間やドワーフ、それにエルフといった様々な種族が王国を築き、暮らしておる」 道理で天使たちに暗黒界や天界を探させても忌み子を見つけることができなかったわけだ。ウラノスはふたたび大きく頷いた。 忌み子を連れた悪魔が地上界に逃げ込んだとするならば、事態はややこしくなる一方だ。それというのも、地上界には天使たちとは違い、悪魔が好む欲望や邪念に取り憑かれた者がいるからだ。そして地上界の者たちの知力とそして魔力は神々に匹敵するほどの力を持ち得ている。 もし、悪魔が彼らを使い、天界と対峙しようものなら、千年にも続く長い戦いになるだろう。そうなれば、天界や地上界、悪魔界を巻き込んだ大きな戦争になる。なんとしてもそれだけは避けなければならない。 ウラノスの身体を緊張が貫く。 悪魔らはそのことさえも計算しているのだと、ウラノスは理解した。 「カラム、よいか。恐るべき邪念の魔力を持ったあれをこの世に出してはならぬ。一刻も早く居場所を突き止め、捕らえよ」 ウラノスの言葉を最後に、カラムは灰色のローブを翻(ひるがえ)し、巨大な大鷲となり地上界へと下りていった。 ―序章・完― |