裏切りは艶麗な側近への狂詩曲-ラプソディー-

第一章





chapter:氷の国の使者




 (二)



「近いな」

 太陽は頭上で赤々と光輝いている。翌日、小高い丘が続くそこで、キアラン率いる光のエルフの軍勢はいた。

 キアランは馬から下りると大地に耳を傾け、地響きを聞く。

「ああ、奴らとの距離はあともう一里ほどもないだろう」

 キアランの隣にいるジュリウスは、前方から匂ってくる血なまぐささに顔をひそめ、前を見据えていた。

 その匂いは何によるものなのかは知っている。おそらくは、魔族が奪った数々の命だ。


「数はざっと三十ほどか。兵を二手に分けたおかげで奴らの方が多いぞ」

 ジュリウスは続けて口を開き、「数は、だろう? フェイニア国が誇る我が軍の鋭兵には及ばぬ。皆、武器を構えよ! 弓隊用意」とキアランが言ってのけた。

 そして彼はいよいよ魔族の軍勢が近づいてきたのを察知し、地面から起き上がると剣の柄に手をかけた。同時に、後ろにいる弓兵に指揮をとる。

 弓兵はキアランの号令を受け、一斉に構えの体勢をとると、目の前に流れる景色の先に動く者を捉える。

「放て!!」

 矢の雨が的を目指して降り注ぐ。すると間もなくしていくらかの苦痛を訴える悲鳴と地響きを耳にした。エルフの矢は一度放てばけっして的を違えることはない。強力で的確なものだった。

 それでも魔族は放たれた矢の雨をくぐり抜け、やって来るだろう。キアランは馬に跨り、鞘から抜いた剣を構える。

 目を凝らせば見えたのは、大きな猪のような姿をした漆黒の生き物。そしてそれに跨るのは、剥き出しの肌に甲冑で武装した人の姿をした鮫のような口を持つ魔族だった。

「あれは……闇の番犬。ダークブルーターか。それに、乗っているのはダルゲジオ」

 ジュリウスが隣でぽつりと呟いた。

「なるほど。たしかに、奴らは他の魔族とは違って知能もある。あれに見つかっては逃げ場はないな」

 キアランはそう言うと、馬を走らせ、魔族の群れに突っ込んで行く。


「王子に続け! 奴らをこの先に通すな。根絶やしにするんだ」

 兵士たちもジュリウスと共にキアランに続く。

 互いに拮抗する刃は幾度となくぶつかり合った。

 キアランの鋭兵たちが魔族を貫けども、彼らもまた黙っていない。その数はけっして多からずとも、兵士は倒れていく。

 そんな中、キアランは新たな馬の蹄の音を聞いた。振り向けば、小高い丘に何者かの軍勢が太陽を背に立っているではないか。



「あれは何だ?」

 キアラン率いる兵士たちは新たに出現した軍勢が敵ではないことを祈った。

「青の生地にふたつの結晶。あの旗は氷の魔女率いるノースニアの軍か……」


「キアラン王子。フェイニア国を侵略しようとしている魔族の一派が迫っているとの情報を得ました。直ちにご帰還ください」


 彼の軍は丘から駆け下りると、キアラン率いる軍勢と合流した。

 彼の標的もまた、キアランと同じくダークブルーターとダルゲジオのようだ。


「ノースニアはフェイニアと同盟を結んだ。これより、わたくしフィンレイ・ノースニアはキアラン王子率いる軍と行動を共にする」

 彼の年の頃なら二十四ほど。フェイニア国よりもずっと北に位置する彼の国を象徴する白く透き通った繊細な肌。肩まで届く銀の髪に青く澄んだサファイアの瞳。華奢な身体つきの隊長と思しき彼は女性のように繊細さを醸しだした、美しい青年だった。

 キアラン目掛けて刃を向けるダルゲジオの前に降り立ったフィンレイと名乗った若き兵士は、手にしていたレイピアで彼の腹に風穴を開けた。

 フィンレイに討たれた一匹のダルゲジオは地面に横たわり、それきり動かない。主人を失ったダークブルーターは牙を剥き出しにして攻撃を仕掛けてくるものの、それすらも彼は見通していた。腹を見せて向かい来るダークブルーターを二度三度と鮮やかな剣技を繰り出し、葬り去った。


「姉から仰せつかってやってまいりました。これより貴方のお命は俺がお守りします」



「俺は父上が愛した民と、民が愛するこの国のために剣を振るう。誰にも守られるつもりはない」

 キアランはそう言うと切っ先を頭上に向け、構えを取る。そのまま馬を走らせ、刃を横へ薙ぐ。ダルゲジオをダークブルーターから落下させるとすぐに背に装備している弓を取り、二匹のそれを見事に打ち抜いた。

 キアランはことごとく魔族を討ち滅ぼしていった。



 やがて周囲は風がそよぎ、草木が流れる音ばかりになった頃、キアランは背を向け、颯爽と馬に跨り、傷ついた従者を支えるようにして引き連れる。



「やれやれ、手厳しいだろう? うちの王子は」

 加勢したフィンレイに礼の一つもない王子に呆れたジュリウスが口を開き、肩を窄めた。

 しかしフィンレイは何も言わず、無言のままキアランの後に続いた。


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