裏切りは艶麗な側近への狂詩曲-ラプソディー-

第一章





chapter:帰還




 (三)



 キアランを先頭に、ジュリウスとフィンレイ。そして選りすぐりの兵士たちが馬を連れ、王都フェイニア国の柔らかな土を踏む。

 民たちはベルフラワーを持ち、列を成して王子たちの帰還を歓迎した。その中で、先日、魔族に襲われた村人たちの姿もあったことに、キアランと兵士たちは胸を撫で下ろした。


 キアランは馬番に自分の馬を預けると、一度ジュリウスたちと別れ、銀髪の美しい青年フィンレイと共に神殿へ続く立派な門構えを抜けた。石畳をしばらく進めば、謁見の間として使われている玉座が見える。そこにひとりの男が座していた。

 深い緑のローブを身にまとい、キアランと同じ美しい金の髪に鋭いエメラルドの瞳。象牙色の肌を持つ美貌の持ち主の彼こそがジェライド・フェイニアだ。

 エルフ族は人間やドワーフとは違い、最も長い寿命を持つ。その年は千を軽く越える。そしてジェライド王もまたしかり。彼は数千年というこの長きフェイニアという国の歴史を創造したその人である。



「ただ今、キアラン王子がご帰還されました」

「フィンレイ殿、ご苦労であった」
 
 フィンレイは恭(うやうや)しく首を垂れ、キアラン王子の帰還を伝えると、彼は玉座から立ち上がり、右手を掲げ、祝福の意を伝えた。

 そして王は凛々しい息子を見ると、続けて口を開く。

「キアランよ、もう存じておるとは思うが、弟君フィンレイ殿はこれよりお前の傘下に入り、側近を務めていただくことになった」

「かねてより、ノースニアとの同盟を結ぶは私も本意でございますれば、私の身は私自身で切り開きます。側近は不要かと」

 キアランは口を開き、王に意見した。

 たしかに、キアラン本人も、闇が拡大する中で隣国にあるノースニアとは同盟を結ぶのは本意ではあった。王に進言したこともある。

 しかし、それはそれ。これはこれだ。キアランにも色々と思うところがあり、いくら王とタイタニア女王が決められたことであっても、それを易々と呑めるものではない。

 キアランのエメラルドの瞳が王を見据えた。

 けれど、タイタニア女王との同盟を組み終えた今、今さら反故(ほご)することもできない。ましてや王はフェイニアの主導者だ。彼の面子もある。今さら引き下がることはできない。ジェライド王は異議を申し立てる王子に小さく首を振った。


「しかし、これはタイタニア女王が望んだこと。同盟の際に予もそれを呑んだ。それというのも、タイタニア女王は強力な魔力の持ち主。御方が我らと共闘を約束すれば、闇はますます我らを見逃すまい。これからお前は戦の渦中(かちゅう)に入る。よって命を狙われる危険性は高いのだ」


「それならば、私よりフェイニア国王であらせられる父上の方が危険性は高いかと存じます。とにかく、この件はお受けできません」

 キアランはひと息にそう言うと一礼し、踵(きびす)を返した。


「待て、キアラン。話はまだ終わってはおらぬ」

「魔族が迫ってきているのでしょう。その者からお聞きしました。これより我らは城の防衛に入ります」

 ジェライド王の話を聞くのもそこそこに、キアランはひと息にそう言うと去っていった。


 石畳を歩く靴音が遠ざかる音だけが宮殿内に響き渡る。

 やがて静寂が謁見の間を包むと、王はフィンレイと向かい合った。


「フィンレイ殿、融通の利かない息子ですまない。不快な思いをさせてしまいましたな」

「……いえ」

 突然話しかけられたフィンレイはジェライド王の声で我に返り、急いで返事をした。どうやら彼は王子に見惚れていたようだと、ジェライド王は気づいた。

 キアランは男であっても女であっても誰も彼をも魅了する。それは今に始まったことではない。キアランは昔から、同性からも異性からも慕情を孕んだ視線を浴びていた。本人は気づいているのかいないのか。熱を帯びた視線の数はキアランが年を重ねる毎に増している。


「キアランは美しいであろう。あれはこの世のすべての美をも匹敵する」

 その王子でさえも妃はおらず、未だに独り身だった。それは王子のあの剣のある言い方が問題だ。

 しかしながら、キアランは昔からあのような物言いをする者ではなかった。その原因は数年前に負った心の傷にある。

「あれもまた、この長きにわたる闇との戦で傷つけられた一人だ」

「それはどういう?」

 眉を潜め、訊(たず)ねるフィンレイに、ジェライド王は遠くを見つめた。

 彼もまた、キアランと同じ心の傷を持っていたからだ。


「数年前。あの子の母――つまり予の妻が、フェイニア国に忠誠を誓った予の家臣に殺されてしまったのだ。それ以来、自分が認めた者しか傍に置こうとせんのだよ。家臣が魔族と通じていることを見抜けなかった予が愚かだったのだ」


「このような時代です。欺き、欺かれるのは常でございます。そして王子のお考えや行動はご自身を――如(し)いてはフェイニア国を守るための大切なことでございますれば」

「しかし、誰も彼も傍に寄せ付けないというのは考え物だ。あれでは妻さえも娶ることができぬ。予はほとほと困っておる」


 そうは言うものの、しかしフィンレイには、相手は誰であれ、自分の気持ちを率直に話す王子を、ジェライド王は誇りに思っているように感じた。


「ジェライド王、わたくしに今ひとつ、提案がございます」


「それは何だ?」

「この先、闇が勢力を増していくと戦はさらに増すでしょう。そこで姉上に願い出て、年老いた者や傷を負った者をノースニアに保護していただこうと思います。それならば、わたくし共は心置きなく戦に専念することができます」

「なるほど。それは良い案だ。頼めるか?」

「はい、ではそのように姉上に願い出ましょう」


 斯(か)くして、フィンレイの願いを聞き入れたタイタニア女王は戦に参加できない民を快く受け入れ、ノースニアとフェイニア国の間に闇の者が通り抜けられないよう凍てついた氷柱を作り、隔てることに成功したのだった。


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