裏切りは艶麗な側近への狂詩曲-ラプソディー-

第一章





chapter:戦支度




 (四)



「申し上げます。敵の数はおよそ六千。ジルグ、ダークブルーターとダルゲジオ。それに先導者らしきローブを被った者がひとり。奴ら魔族は東の方(かた)より進軍。このままの進軍速度でございますと、おそらく魔族との戦は三日後になるかと思われます」


「ご苦労であった。奴らの動きが変わればまた頼む」

「御意にございます。我が君」

 翌朝、偵察部隊からジェライド王に向けて魔族の動きについての知らせが入った。

 このフェイニア国は深い森に覆われている。侵略されにくいものの、しかしそれゆえにこちら側も見通しが悪い。これまで、魔族たちがあまりフェイニア国に戦を仕掛けてこなかったのは、視覚、聴覚共に優れたエルフの戦力と、それに加えて知力に耐え得るだけの力はなく、地の利も悪いからだった。

 しかし、彼らは他国を侵略し、兵力が増しつつある。こうなることはすでに目に見えていたことではあるものの、まだ遠く先の未来であると、ジェライド王も思っていた。その矢先での魔族の動きに、一同は驚きを隠せなかったのも事実ではある。けれどこれに怖じ気づくことはない。なにせ自分たちにはノースニアという新たな戦力が加わった。ノースニアと自国の兵を合わせると、その数一万にもなる。

 この戦は楽に勝てる。ジェライド王はそう確信し、自分の隣で報告を聞いていた、今もなおノースニア国の王子を疑う息子キアランを見る。

 王子は何も発言することなく、玉座の間から出て行った。




「この木材をこちらに!」

「木が倒れるぞ!!」

 さて、兵士たちの行動を見ようと城から出たキアランの前には、エルフたちに紛れ、共に戦支度に励むフィンレイの姿があった。

 彼らは視界を広げるため、木を切り倒し、その木材を運び出しているところだった。

「へぇ、あの坊ちゃん。細い腕で頑張るじゃないか?」

 キアランの隣から、ジュリウスが感嘆の声を上げた。


 木材を運び込むことは誰にだってできることだ。キアランは繊細な身体をした王子を見つめる。するとどうにも彼の足下がおぼつかない。

 やはりともいうべきか、フィンレイは地面に足を取られ、倒れ込む。

 キアランは地面に倒れ込むフィンレイまで足早に進むと、彼の細い腰に腕を回し、受け止めた。

 てっきりフィンレイは自分が抱えている材木と一緒に地面に倒れ込むと思っていたのだろう。彼は恐る恐るといった様子で目を開けた。海の蒼にも似た深いサファイアの瞳と重なる。

 そういえば、彼の瞳をよくよく見たのはこれが初めてだとキアランは思った。

 キアランが初めてフィンレイを見たのは、ノースニア国に同盟を持ちかけた数週間前だ。しかしそれもほんの一時にすぎず、タイタニア王女に説得をしていたことを思い出す。

 キアランは、フィンレイは自分とは異なる繊細な王子だということを知る。

 そして彼は美しい。さすがのキアランもそれは認めることにした。



「無理はするな」

「あ、ありがとうございます」

 差し出したその腕からぬくもりが消えていく。なぜか残念に思う自分がいることに、キアランは動揺を隠せない。なにせ彼は異性でも同性でもそのような感情に見舞われたことがない。

 キアランは生まれ出た感情から目を逸(そ)らすように、視線をフィンレイから懸命に働く兵士たちへと移した。そのおかげで、キアランはフィンレイが頬を染めていることに気づかなかった。


「人にはそれぞれ向き不向きがある。これはお前には少々荷が重すぎるだろう」

 キアランは足下に転がる大きな木材を顎で示した。

「身体を動かしていないと、落ち着かぬのです……何分、こういうことは初めてなので……」

 フィンレイは静かに答えた。

「……これまでノースニアに閉じこもり、魔族と戦うことをしなかった貴方方が、なぜ、今になって我々の同盟を受け入れた?」

「悔いているのです。これまで何もしてこなかった自分自身を……。姉上も、私も……。ご存知だとは思いますが、わたくしどもの国では幸せの象徴として、ユニコーンが数多く生息しております。しかし、その数は徐々に少なくなっております。愚かなことに、わたくしたちは戦をしないことが平和へと通じる手段だと思っていたのです。けれど、それは違いました。指を咥えて幾千幾万という命が消えゆくのを眺めることに嫌気が差したのです。しかし、わたくしたちノースニア人はプライドが高い。それゆえに、これまできっかけが掴めませんでした」

 キアランの問いに、フィンレイは唇を噛みしめ、俯いた。

 彼のそれは自分の行いを責め、悔いているようにも見える。これは演技ではないか。本当は、自分たちの命を魔族に差し出せば長い戦が終わると考えているのではないのか。

 キアランの脳裏に浮かぶのは、従者の手にかかり、命果てた母親の姿だ。

 だが、深刻な面持ちで悲しみを訴える彼の姿が演技だとは思えない。

「貴殿にはこれからまだ剣を交えて貰わねばならぬ。あまり無理はするな」

「えっ?」

 思ってもいなかったキアランの言葉に、フィンレイは自分の耳を疑い、聞き返すものの、しかしそこには去っていく王子の背中しかなかった。



「へぇ、珍しい。少しは彼を認めてあげたんだ」

 キアランの隣を歩くジュリウスが茶化す。

「別に、そういうことじゃない」

 キアランはジュリウスを一瞥(いちべつ)すると、直ぐさま否定した。


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