裏切りは艶麗な側近への狂詩曲-ラプソディー-

第一章





chapter:




 (五)




 分厚い黒雲が月を隠し、闇が広がる。視界を頼れるのは松明の明かりのみ。

 ジェライド王を中心に、キアラン、ジュリウス。そしてフィンレイは各々の武器を構え、フェイニア国とノースニア国の鋭兵が隊を成して列になり、魔族を迎え撃つ。


 凍てついた静けさが漂う中、地響きを立て、軍勢が近づいてくる。

 ジェライド王は手を掲げ、後方に位置している弓隊に指揮を取る。弓隊は一斉に弧を描く弓弦を引き、構えた。

「放て!」

 王の号令の元、矢が彼らの手元から勢いよく放たれる。

 遙か遠くであっても、エルフが捉えた矢は違えることなく進み、前列で隊を成し、進み出でる魔族に命中した。ジェライド王の指揮下で放たれる弓にいくらかの魔族は倒れ行くものの、彼らの速度は依然として変わらず、フェイニア、ノースニアの同盟国軍へと押し寄せてくる。

 目の前に見えるのは、やはり先日キアランが倒した魔族の一派、ジルグやダークブルーター。そしてダルゲジオだ。

 以前と違うのは、鎧を身に着け、武装しているということだ。彼らの前列には偵察部隊からの報告で知った指導者と思しき深い闇色のローブを被った者がいる。どうやら彼らは先導者に智慧を与えられたらしい。

 だが、いかなる鎧をまとっていても同じ者にすぎない。キアランは魔族の姿を捉えると、舞うように躍り出る。他の鋭兵も列を成し、キアランに続いた。

 キアランが繰り出す切っ先はダルゲジオの刃とぶつかり、火花を散らせて鋭い音を立てる。キアランも魔族も。互いに引かない。

 そこで動いたのはキアランだ。グリップを握り直すと刃を回し、相手の体勢を崩したところで頭部と胸部の鎧の切れ目である喉元に斬り込んだ。ダルゲジオは耳を劈(つんざ)く金切り声を上げ、冷たい大地に倒れ伏す。

「首の付け根を狙え! いかなる武装でも、我らの刃はけっして折れぬ」

 ジュリウスが敵の弱点を告げると、鋭兵たちは戦場を舞う。


 たかだか六千の敵に圧倒した力を見せつける同盟国軍に、魔族は為す術もなく、次々と倒れ行く。


 しかし、キアランたち同盟国軍はある致命的なミスを犯していた。

 これまでとは違い、魔族は先導者を従えていることを忘れていたのだ。気がついた時には既に遅く、キアランたちは魔族の頭――つまりは先導者を倒すことのみを考えてしまった。前進しすぎた彼らはジェライド王と二分されてしまう。

 二分化をさせたのは、地より這い出てきた新たな魔族だった。鋼のような浅黒い肌に、剥き出しになった牙。それはエルフの屍から作り上げた、新たな魔族に他ならない。

「さあ、エルフの力と魔族の力を併せ持つ我が僕。デモンよ、今こそ我が前に力を示せ」

 突如として現れた敵の援軍に、同盟国軍は僅かに怯んでしまう。そして魔族が大地から現れたことにより、ジェライド王の馬が体勢を崩し、王は地に足を付けた。新たに作り上げられたデモンという名の魔族は同盟国を上回る数を見せつけ、一斉にジェライド王を目指し、刃を差し向ける。


「父上!」

 キアランの悲鳴にも似た声が戦場で木霊する。

 しかし、デモンたちの刃は王へは届かなかった。ひとりの男が巨大な盾を持ち出で、ジェライド王を守ったのだ。男は漆黒の鎧をまとった兵士らを引き連れ、現れたかと思うと相手が怯んだその隙を狙い、次々と首を刎ねていく。

 王と合流を果たしたキアランたちはふたたび刃を振るい、敵の殲滅(せんめつ)を図る。


 果たして策に破れ、観念した先導者はというと、彼は魔族らに退却を命じた。

 月を隠した分厚い黒雲が消えていく……。

 月光が大地を照らしはじめた頃には、そこはすでに敵の存在はなかった。



「私はグレアムと申します。魔族に滅ぼされた他国の生き残りでございますれば、貴方様の下に加えていただきたく、やって参りました」

 ふたたび静寂が戻った戦場で、男はジェライド王の足下に跪(ひざまず)いた。

 年の頃なら三十前後。彼は襟足よりもさらに短い黒髪。日に焼けた浅黒い肌に筋肉質な身体つきをしていた。色が黄色と希に見る瞳をしているこの者はおそらく人間と神の混血種だろう。その証拠に、微かだが、神の力を感じ取った。ジェライド王は時折、こういったならず者がこの世界に混在しているのを知っていた。

 神の子の力を持ち得た彼ならば、おそらく間違いはないだろう。そう推測したジェライド王は頷いた。


「よかろう。そなたの命、予が預かる」

「有り難き幸せ」

 一方、ジェライド王とグレアムを見つめるキアランは、この戦の結果がどうにも解せない。
 
「この戦、呆気ないとは思わないか?」

「いやいや、敵もそこまで間抜けではないっていうことだろう? 敗れた戦で余計な兵力を失いたくはないっていうもんなんじゃないか?」と、ジュリウス。

「わたくしもキアラン殿と同じ意見でございます」

 フィンレイはキアランに同意を示し、頷いた。


 すると、王宮に入っていくジェライド王を見送ったグレアムはキアランの隣に立ち、深々と頭を下げた。

「彼の者はダークナー。闇の指揮下にして闇の魔法使いです。あれが我らの国を滅ぼしました。すべての根源は彼奴でございます」

 グレアムは、自分が愛する国や家族。民たちの命を奪ったその光景を思い出し、唇を噛みしめた。


「不躾ながらお訊(たず)ねいたします。貴殿の国はいずれにございましたか?」

 フィンレイが進み出でて訊ねると、グレアムは目を細めた。

「これはフィンレイ王子。お目にかかれて光栄でございます。私は東の方にある、ルヴォンヌという国でございます」

「ルヴォンヌは、たしか人間が治めていた豊かな国だったな」

「御意にございます王子」

 グレアムはキアランに頭を下げ、頷いた。


「グレアム殿、わたくしをご存知なのですか?」

「この世界で最も神に近しい魔力を持つタイタニア女王は何処でも有名でございますれば。その弟君とあらば、知らぬ者はおりますまい」

 フィンレイの手を掬い取ると、彼は手の甲に恭(うやうや)しく唇を落とした。

 彼の黄色い一重の目がフィンレイを捉える。

 グレアムのこれはただの挨拶にすぎない。しかしフィンレイは彼に触れられた瞬間、頭のてっぺんから足の爪先まで、身体中が何か得体の知れないものに這い回られるような不快感に見舞われた。


「誠、噂以上にお美しい」

 グレアムの分厚い唇は弧を描き、微笑を浮かべている。フィンレイは、まるで今、自分は今着ているものをすべて剥がされ、心まですべてを見透かされるような、妙な気分になった。自分の身体を舐め回すような視線に耐えきれず、直ぐさま彼の手から自分の手を抜き取る。


 キアランは、新たに自国の兵士となったグレアムを、冷めた目で見つめていた。


- 7 -

拍手

[*前] | [次#]
ページ:

しおりを挟む | しおり一覧
表紙へ

contents

lotus bloom