(三) 「どうか食してはくださいませんか、主が心配なさっています」 女は静かにそう言った。 心配――。それはおそらく、『自分が死んだら生け贄をまた探さなくてはならないから』だろう。 だが、菊生(きくお)にはもう生きるという意欲はなかった。 菊生は床にうずくまったまま、動かない。 (夢の中で、またあの人に会えたら……) 最近の菊生は束の間、優しく自分を包み込んでくれる彼のことばかりを考えている。 「いい加減にしないか、これだから人間は……」 女は呻るようにそう言うと、口の端から鋭い牙を生やした。 女の姿は仮染めなのだろう。鬼のようなその姿で菊生へと間合いを詰めると、その細い首を絞める。その手の力は恐ろしく強い。 (息が……できない) 突然の変貌に恐怖を覚えた菊生は反応が遅れ、逃げることができなかった。 両の手が力なくだらりと垂れ下がる。 呼吸ができず、このまま死に逝くのだろうと思った覚悟した矢先だった。 「何をしておる! 私が汝に命じたのは食事の配給ぞ! 下がれ」 気が遠のくその中で、菊生がここに来てから聞いたことのない、低い男の声が聞こえた。 「ですが、主!!」 「下がれと言うておろう!!」 女は口答えをするも、男は威圧的に命じる。 菊生から手を放すと、すごすごと座敷を後にした。 女から解放された菊生は大きく咳き込み、冷たい床にくずおれる。 残ったのは知らない男と菊生のみ。 この男はいったい誰であろう。 ――いや、誰かはわかる。 女は、男のことを『主』と呼んだ。 主とはこの祠の主、付喪神(つくもがみ)ただ一人しかいない。 だとすると、自分はまた、あの触手に快楽を与えられるのだろうか。 菊生は恐怖を感じるものの、それでも心とは裏腹に身体が疼くのを感じた。 身体は正直だ。菊生の小さな乳首はツンと尖り、太腿の間にある陰茎は膨れはじめている。そんな淫らな自分が恨めしい。 唇を引き結び、やがてやって来るだろう、薄暗い奥にいる触手を持つ付喪神を見る。 「すまない。日に日にやせ細っておるのは知っていた。私がお主を苦しめたからであろう」 付喪神はそう言うと、姿を現した。 腰の下あたりまである髪は白銀。紺の狩り衣をまとう身体は細いが、なかなかの美丈夫だ。 長い睫毛に縁取られた新緑の目が印象的な、美しい双眸をしていた。 「あなたは……?」 彼は本当に付喪神だろうか。 菊生は目を疑った。 だってどう見ても普通の人間――いや、菊生たち人間よりも神々しいほどの美しい男の姿をしている。 あの醜い触手を幾本も持つ者と同じものだとは信じがたい。 「お主はもう知っておろう。私は付喪神。ここではそう呼ばれておる」 「えっ? でも触手が……」 「あれは、この村の者の邪気のせいだ。あれを食らいすぎて惨(むご)たらしい身体になってしもうた」 「じゃあ、今はどうしてその姿に?」 「お前に触れたからであろう。私はお前の清い心に救われた……」 ふいに付喪神に手を伸ばされ、菊生は床に腰を引きずり、反射的に逃げた。 「あ、嫌……」 「嫌、か」 付喪神は呟き、苦笑を漏らした。 「もう良い。お前を解放してやろう。どこぞ好きなところへ行け」 そう言うと、付喪神はあぐらを掻き、床に座した。 「だけどそれじゃあ、村のみんなが!!」 「もう祟りはせん。気が変わらぬうちに早う行け!!」 顎に手の甲で支え、彼が言う。 菊生は急ぎ、その場を走った。 しかし、どうも様子がおかしい。 そう思ったのは、彼の呼吸が乱れていたからだ。 そういえば、うっすらと額に汗を浮かべてはいなかっただろうか。 そこで気がついたのは、付喪神が自分を宥めてくれたかもしれないという事実だった。 ――そう、快楽との狭間で悩み苦しんでいた時、自分の頭を撫で、そして優しく包み込んでくれたのは彼しかいないのだ。 「っつ!!」 そう思った時、菊生の足は踵(きびす)を返し、祠へ向かって走っていた。 拝殿に戻れば、そこにはうずくまる付喪神がいた。 彼は玉のような汗を額に浮かべ、荒々しい呼吸を繰り返していた。 「何をしに戻った」 付喪神は、戻って来た苦しそうな呼吸の合間に尋ねる。 「ねぇ、貴方だったんでしょう? 俺を抱き締めてくれたの!」 菊生は彼の身体を起こし、支えると、一挙一動も見逃さないよう、表情を窺った。 「たったそれだけで戻ったというのか?」 「嬉しかった。貴方に抱き締められて、俺……だからいいよ? 貴方の傍にいる」 「菊生……」 「どうしてそんなに苦しそうなの?」 「私はまだ本調子ではない。清らかな生気を貰わねばこのまま朽ち果てるであろう」 「そんな……だったら俺を」 「もう良い。俺はもう、愛おしいお前を傷つけとうない」 (えっ?) 菊生は自分の耳を疑った。 まさか彼からそのような言葉が返ってくるとは思わなかったからだ。 「惚れた弱み、というやつか。お前の清らかな心に触れる度、心が傾いていった」 菊生の胸が大きく高鳴った。 「抱かれるのは嫌であろう? だからもう……」 付喪神が言った直後だ。菊生はたくましい胸板を押した。 すっかり挿入されることに慣れた後孔は、菊生が自ら指を突っ込めば開いていく。 菊生は付喪神に有無を言わさず、彼の一物を取り出し、騎乗位のまま強引に腰を下ろした。 「あっ、ああっ!!」 触手だったそれとは違う熱い肉棒に貫かれ、菊生の腰が揺れる。 「やっ、おっき……っひぃんっ」 抽挿を繰り返せば、付喪神はくぐもった声を上げた。 骨張った手が華奢な腰を支え、上下に揺する。 亀頭が肉壁を掻き分け、凝りを擦る。 「っは、ああんっ!」 執拗に繰り返されるその行為に、菊生は純粋に身を委ねる。 薄い唇にしゃぶり付けば、彼も菊生の接吻に応えてくれた。 「んっ、っふ、うう……」 菊生は頬を上気させ、彼の薄い唇へと舌を忍ばせた。 すると付喪神もまた舌を伸ばし、菊生の舌を貪る。 口角を変えて舌を絡め合う。 深い接吻に身を投じながら、菊生は屹立を先走りで濡らしながら、淫らに腰を振り続ける。 そこに悲嘆という気持ちは存在しなかった。