◆ 翌日の午前。綾人は、一限目の講義、『経営科学』に寝坊してしまい、途中から出席する羽目になった。それもこれも、昨日、凌雅におかしな質問をしたのが原因だ。おかげで綾人は溜まっていた凌雅への欲求を解消しなければならない。綾人はいつものごとく、行きつけのバーで凌雅に似ている部分を少しでも持った男を引っかけ、午後十一時という門限ぎりぎりまで抱かれた。 その結果、帰宅は門限を過ぎ、両親からこっぴどく怒られ、綾人は抱かれた身体が気怠いやら眠たいやらといった先日の反動で朝寝坊し、一限目を遅刻した。 もちろん、綾人は自分の性癖を両親に打ち明けていない。だから当然、大学を終えた後、『EN-COUNTER』に立ち寄り、同性に抱かれていることも知らない。両親には大学の友人との付き合いだと話している。 門限ぎりぎりに帰宅するたび、毎回両親に言い訳をする嘘が後ろめたい。 両親にはいつか、自分の愚行を知られる日が来るだろう。 そんな危険を冒してまで凌雅を想い続けていたのだが、講義に遅刻してしまってはせっかく凌雅と口をきけるチャンスが水の泡だ。彼と同じ大学を選んだ意味がない。 それでも――と、綾人は未練がましく二、三列前に座っている凌雅の後ろ姿を見つけ、凛々しい彼を見つめた。 「お前さあ、付き合っている奴、いるの?」 それは突然だった。講義が終わり、生徒が減っていく中、綾人も講義室から出ようと片付けをしていた時だ。ふいに凌雅に尋ねられ、綾人は心を震わせた。 もちろん、綾人は凌雅を想っているから凌雅以外の男に乗り換えられるわけがない。当然、付き合っている男なんていない。 「りょうが?」 彼はいったい何を言っているのだろう。 凌雅の真意とは、いったい何だろうか。 凌雅の考えていることがわからない綾人は返事に窮した。黙ったまま立ち尽くしていると、綾人の視界に最後の生徒が講義室から出て行くのが見えた。そこから視線を戻し、ふたたび凌雅を見る。すると彼は不可解な行動に出た。凌雅は講義室の前後にあるドアに素早く移動して鍵を掛け、ふたたび綾人の前に立つ。 凌雅とは四年にもなる付き合いだが、彼のこのような不可解な行動は今まで見たことがない。不安に駆られるのはなぜだろう。綾人は胸の前で拳を作り、口内に溜まっていく唾を飲み込んだ。 そんな綾人を前に、彼は射貫くような目を寄越すと、薄い唇を開く。 「昨日、お前が知らない三十路男とラブホテルに入っていくのを見た」 「……なん、で……」 薄い唇から吐き出された突然の言葉に、綾人は動揺を隠せない。心臓が大きく鼓動した。 凌雅の見間違いだ。それは自分ではない。人違いだ。そう否定すればいいものの、しかし凌雅に男とホテルに入るところを見られていたショックで何も言えず、頭が真っ白になる。綾人は肯定するような言葉を口にしてしまった。 「家庭教師の……バイトの帰り道で見かけた。そっか、やっぱ、お前だったのか……」 凌雅の表情に影が宿る。彼は長机の上に綾人の身体を押し倒した。室内には机が引きずられる大きな音が響く。しかし、その音さえも、今の綾人には小さく聞こえた。頭の中で大きく響いているのは、綾人を非難するような凌雅の声だ。 「……っつ」 凌雅に自分がゲイだということを知られた。 誰にでも身体を開く、不埒な奴だと軽蔑された。 その思いが綾人を苦しめる。 「あれは付き合っている男か?」 「ちがっ!!」 自分が好きな人は凌雅ただひとり。付き合っている男などいない。それをわかってもらおうと口を開くものの、綾人の否定は逆効果だった。 凌雅の怒りを買ってしまったと知ったのは、彼の薄い唇がひん曲がった笑みを浮かべたからだ。 はじめて見せる怒気を含んだその姿に綾人は何も言えず、ただただ身体を震わせる。 「へぇ。じゃあ自分を抱いてくれる男なら誰でもいいっていうわけか? それだったら俺だって構わないはずだよな」 凌雅はなぜ、そんなことを言うのだろうか。 訳がわからない。綾人はパニック状態だ。 「んっ、いやっ……りょうがっ! だって、こういうことしたことないでしょう?」 「お前がはじめてだ。いいじゃん、何事も経験だろう?」 普段、弧を描く薄い唇は、しかしその笑みではなく、口角が上がり、嫌みったらしい笑みを浮かべている。 凌雅は首元にあった自分のネクタイを外すと、綾人の両手首に巻きつけ、抵抗できないようにした。 「なあ、女を抱く時みたいにすればいいのか?」 凌雅の酷い言葉が落ちてくる。 それと同時に綾人の太腿の間に凌雅の身体が入り込んだ。凌雅から逃げることも許されない。 「りょうがっ!!」 綾人は止めてくれるよう必死に彼の名を呼んでも、凌雅からの返事はない。彼は無言のまま、綾人のシャツを捲(まく)り上げ、上半身をあらわにさせた。 日焼け知らずの柔肌が、光を失った漆黒の瞳に映る。 憎悪、嫌悪。軽蔑。おそらく凌雅の中にあるのはそれらに違いない。綾人を思いやる、いつもの彼ではなかった。 「へぇ〜、抱かれ続けるとこうなるんだ」 「っは……」 骨張った指が赤く尖った乳首に触れた。たったそれだけなのに、身体は従順だ。好きな人に触れられていると思うと、さらにツンと尖り、胸を強調する。 綾人の乳首を潰し、あるいは撫でるたび、華奢な腰が机から跳ねた。下肢には熱が灯り、綾人の一物は解放しろとデニムパンツを押し上げていく……。 「胸だけでも感じるの? 本当に女みたいだな」 乳首を触られ、感じる綾人を軽蔑する凌雅は、やはり唇をひん曲げ、笑っている。 ――違う。綾人が見たいのはけっしてこのような笑みではない。 目を窄め、慈愛に満ちた微笑みはもう、そこにはない。 それなのに、綾人の乳首を弄る骨張った指に、綾人は翻弄される。 華奢な腰が長机の上でびくびくと跳ねる。 「っは、やめっ!!」 「ここ、触ってほしいんだろう?」 凌雅は綾人の乳首を弄るのに飽きたのか、次に生地の上から綾人の一物に触れた。そのまま揉むようにして強弱をつけて刺激する。 刺激された綾人の陰茎は蜜が溢れ、分厚い生地を濡らしていく。大きな手が綾人の一物を扱くたび、淫猥な水音が弾き出される。 「……濡れてる。興奮してるんだ」 続きは何を言いたいのかは聞かなくてもわかる。綾人を侮辱する言葉だ。 「あっ、ああっ」 綾人はたしかに、凌雅に抱かれたいと思った。 だが、それは凌雅と想いあってこその行為で、玩具のように扱われるこれではない。この行為はあまりにも苦しすぎる。 「いやっ! いやだっ!! お願い、やめてっ……」 「悦んでるくせに、嘘をつくなよ」 綾人は涙を浮かべ、凌雅を拒絶する。その姿が気にくわなかったのか、彼は綾人のデニムを下着ごと膝までずらすと腰を持ち上げた。これまでに幾度となく貫かれたことのある赤い蕾が凌雅の目に映る。 「ここに挿入(い)れるの?」 骨張った太い指の一本が、綾人の後孔に触れる。そのまま押し込まれ、肉が開く生々しい音がした。 「……っひ」 彼は綾人を想って抱くわけではない。当然、同性のセックスについて尋ねられても頷けるはずもなく、綾人はひたすら首を振り、いやいやを繰り返す。だが、凌雅は綾人の拒絶を聞き入れようともしない。 凌雅は自らの陰茎を綾人の後孔にねじ込み、内壁をこじ開けて最奥へと穿つ。 綾人をひと息に奪った。 「いたっ、いたいっ! いやああああっ!!」 痛いのは、前座もなしに無理矢理貫かれた後孔なのか。それとも好きな人に自分の心をないがしろにされ扱われた心なのか。 その日、綾人は凌雅が気の済むまで組み敷かれ、最奥に向けて吐き出される凌雅の白濁を一身に受けながら悲しみの涙を流し続けた。