◆ 頭が混乱する中、きっとこれは夢だと自分に言い聞かせ、明くる日を迎える。 困惑気味の春菊に、あれよあれよという間に赤を主体とした衣で美しく着飾られていく……。 その中で、春菊は自分のこの境遇がいかにおかしなものなのかを思い知らされる。 囲われることすら知らない自分は、夜伽(よとぎ)さえもしたことがない。 ただでさえ病弱で、食が細い自分だ。 彼には迷惑しかかけないだろう。それに、彼は医者だ。たしか、阿蘭陀(おらんだ)で医術を習ったと聞いたことがある。 情けをかけられている今はいい。 しかし、彼は近い将来、嫁を娶(と)るだろう。 何も出来ない自分は、いつか捨てられる。 それとも、嫁がいる中で囲われるのだろうか……。 そうして自分は、愛おしいと想っているその人の傍らで、自分とは違う、美しい女性と笑い合う姿を見るのだ。 ――いつかはやって来る、この恋心との決別を思うと、胸が押しつぶされそうに痛む。 苦しい心持ちのまま、禿に付き添われ、門前に出ると、そこには二つの影があった。 金子を渡したのか、雇い主である男の隣で匡也がふんわりと優しい笑みを向けてこちらを見ている。 それだけで跳ねる心臓――。 目の前の彼に手を取られれば、早鐘のように鳴り響く。 「美しいよ、春菊」 ただでさえ胸が熱を持っているのに、そんなことを耳元で言われれば蕩(とろ)けそうになる。 彼と共に進む石畳の上で何度も下駄が引っかかり、転びそうになった。 進む先には高級そうな黒塗りの馬車が一台止まっている。 金で売られた自分には振り返ることは許されない。 そうして春菊は廓を離れ、少し離れた彼の立派な屋敷で世話になることになった。 屋敷は和と洋を取り入れた大きな家で、春菊は自分の部屋をあてがわれ、身の回りの世話をしてくれる侍女が付いた。 匡也とは別室で過ごしていた。 それはおそらく自分は患者で、あくまでも身請けは道理的なものだと言っているのだと、何も分からない春菊でさえもよく理解できた。 所詮、自分は哀れみを持って連れて来られた人間だ。 当然といえば当然だ。 自分はなにせ、軟弱でしかも夜伽を知らない役立たずな色子なのだから……。 そう思えば思うほど、同じ場所に居ながら、心の距離が離れていくようで、虚しくも感じられた。 そんな苦しい胸の内を持つ春菊の前に、追い討ちをかけるようにして、ある人物が現れるのだった。