◆ それはアラタさんの声が聞けなくなってから三日後の月曜日――。 朝礼で、僕のクラスに三週間、教育実習生が来ることを知った。 教育実習の先生が男だと知った女子たちはものすごく嬉しそうで、男子は残念そうにしていた。 ……まあ、人見知りと引っ込み思案な僕にかぎっては、男とか女とか別に興味はわかないし、というか、そもそも教育実習生っていう存在にも気にならないんだけれど……。 相手もきっと根暗な僕なんて興味ないだろうし……。 だから校長の言葉でも、そうなんだっていう感じであっけらかんと話を聞くだけだった。 教育実習生の声を聞くまでは――……。 ――僕の意見が百八十度ぐるりと変わったのは、そう。朝礼が終わって教室に戻ったあと、朝のホームルームで彼の声を聞いてからだ。 「はじめまして」 そう言った彼の声は――明るく弾けているふうなのに、しっとりとした低いトーン。 僕の救世主、アラタさんの声に似ていたんだ。 しかも、だよ? 名前は新で同じ『アラタ』なんだ。 びっくりして顔を上げたら、ものすごくカッコいい人だった。 僕よりもずっと背が高くて、足も長い。すらっとしてて、どこかのモデルさんみたいに整った顔立ち。 遠くからでもまつ毛が長いっていうことだってわかる。 髪は細くて色は茶色。 彼はアラタさんなんだろうか。 だけど初対面で突然『アラタさんですか?』なんて訊(き)けるはずもない。 第一、名前なんて同じ人はたくさんいるし、声だってたまたま似ているのかもしれない。 アラタさんと井上先生が同一人物であるはずがない。世間はそんなに狭くはないハズだ。 それに、同一人物かもしれないとか期待したら、違った時、とても悲しいし恥ずかしい。 そう自分に言い聞かせても、アラタさんの声が聞けなくなって穴があいたように感じたスースーする僕の胸は、ぽわんとあたたかくなった。 それに、どこか落ち着かなくもなった……。 臆病な僕は井上先生にそのことを訊けないまま、ただ悶々(もんもん)と日々を過ごしている。 おかげで僕の眠りは前よりもずっと浅くなってしまった。 ――そんなある日のことだ。 僕の体が、とうとう悲鳴をあげたんだ。睡眠できないっていうことがピークに達してしまった。 視界は黒と灰色のモザイクが広がって、そうかと思ったら、次の瞬間には、視界が真っ暗闇になった。 昼休憩の時。 僕は廊下で倒れてしまったんだ。