◆ ――それは新先生が研修で青空学園に来て二週間経った放課後のことだ。 生徒はほとんど帰ってしまった中、僕は日直で日誌を書いて職員室に届ける時のこと――。 「新先生、ここがわからないんです。教えてください」 職員室の前までやって来た僕は、新先生を呼ぶ女子生徒数人の声にたじろいだ。 なんたって僕は他人と話すのが苦手。 人が多いのも苦手。 でも、たじろいだのはそれだけじゃない。 新先生のことを、下の名前で呼んでいたから……。 新先生と夜、眠る前に話すようになって一週間が経つ。 それなのに、僕は先生のことを下の名前で呼んだことがない。 だけど、女子たちは先生と大して仲良くないのに下の名前で呼んでいる。 僕だって新先生のことを下の名前で呼びたいよ。 でも、いきなり呼んだら何事かと不審に思われるかもしれない。 これって、新先生を独占したいって思う、ジェラシーっていうやつかな? そんな僕が職員室の廊下でつっ立っているのも知らない女子たちは、先生の何かを見つけたらしい。 黄色い声が聞こえた。 「あっ、その手紙なに? ラブレター? もしかして彼女から?」 ――彼女。 その言葉に僕の心臓がドキンってした。 「うーん、彼女じゃないんだけど。大切な人からもらったものなんだ」 「それって新先生の好きな人?」 「そうだよ」 女子が問うその言葉に、新先生は躊躇(ためら)いもなく相づちを打った。 その瞬間、僕の体は硬直した。 夜、あんなにたくさん話していたのに、僕は先生に好きな人がいたなんて知らなかった。 僕は先生のことを何もかもをすっかり知っていると勘違いしていたんだ。 だけど、僕、ヘンだ。 どうして先生に彼女がいるっていうことで胸が苦しくなるんだろう。 それにどうして目頭が熱くなって、泣きそうになっているんだろう。 ――それは、自分が先生の特別だって思っていたからだ。 ああ、そうだ。 僕にとって、新先生は誰よりも特別な存在になったんだ。だからきっと、先生にとっても僕っていう存在は特別なんだと勘違いしていた。 僕は……新先生のことが――『好き』なんだ。 この感情は新先生を異性のように想っていた何よりの証拠だ。 気がついてしまった新先生への想い。 いつの間にか僕の中で、救世主のアラタさんよりも――ううん、それとは違う、『好き』が生まれていたんだ。 ――その日。僕はけっきょく日誌を職員室に持っていくことができず、自分の机の中にしまって帰った。