chapter:人魚姫~深海の底で 「『大嫌い』とは言わないのね、あの子」 フランという嵐が去り、再び沈黙が周囲を包む中、俺の背後から、甲高い女性の声が話しかけてきた。 「誰かを傷つけることができないんだ」 「それが、大好きなクライドなら尚のことってやつ?」 楽しげにそう言う彼女は、俺のすぐ隣までやって来た。 体長は130センチ。 彼女は純白の美しい鱗を持つ、長細い、すらりとした魚だ。 彼女はここ――深海に住む魚で、稚魚の頃、フランと同じようにサメに殺されかけ、俺が救った。 それ以来、彼女は暇さえあれば俺のところにちょっかいをかけにやって来る。 「……あいつにとって、俺は物珍しいオモチャというところだろう」 「本当にそれだけかしら?」 「ああ、それだけだ」 好奇心旺盛なフランのことだ。 これ以上の理由が他にあるというのか? ――いや、その他の理由など考えられない。 なにせ、人魚一族には、伴侶を見つけるための特殊な能力が備わっている。 彼らが真実の愛に目覚めた時、世にも美しい純白の真珠が現れるのだという。 そうして人魚たちは、生涯を共にする伴侶を見つける。 俺がフランの傍にいても真珠が現れないのは、彼が俺のことを恋愛対象として見ていないからだ。 俺がフランを想うように、フランもまた俺を想ってくれているはずがない。 好奇心旺盛な彼だからこそ、俺が気になる。 |