◆ 遮光カーテンの合わせ目から朝の陽光が漏れる。 そして今日もまた、俺は健太を抱きしめたまま、ベッドの中で目を覚ます。 寝覚めが悪いコイツを起こすのも日課だ。 どんぐりみたいな大きな目は長いまつ毛に隠され、可愛らしい桃色をした小さな唇はムニャムニャと開閉を繰り返している。 そんな彼は、どうやらまだ眠りの真っ只中にいるようだ。 ついつい寝込みを襲いたくなってしまうのは好きだと実感してから、ずっとだ。 抱きしめていた片方の腕を外してふわふわなクセ毛に手を伸ばし、触れてみる。 「……ん……咲輝〜」 俺の手が触れたその感触で起きたのかと思って、若干の焦りを感じながら茶色い髪の毛から手を離す。 だけどそれはどうやら違ったようだ。健太一向に起き上がる気配がない。 ふたたび$受け#の顔を覗き込めば、やはり大きな目は閉じたままだった。 寝ている最中でも俺の夢を見てくれているのかと思うと、ニヤニヤが止まらない。健太に対する恋心が増していく――……。 ずっとこうしてクラスの奴らが知らない、可愛い健太を見ていたい。 だが、いつまでもこのままではおばさんに迷惑がかかる。それに健太も俺も学校があ待っている。 俺は自分の気持ちを抑え、ニヤニヤした口を一度ヘの字に戻して口を開けた。 「おい、健太、七時だぞ?」 「ん〜……」 「健太」 「ん〜……」 何度呼びかけてもなかなか起きる気配がない。 一度眠れば最後。健太はなかなかに寝覚めが悪いのだ。 だが、俺は彼を起こす方法を知っている。その方法というのは……。 俺は、はぁっと深いため息をついてから、大きく息を吸う。 そして――……。 「……チビ」 ボソッ。 健太に言ってはならない言葉を吐き出した。 「誰がチビや!」 あんなに繰り返し名前を呼んでも起きる気配さえなかった健太。 それなのに、ボソリと呟いた俺の言葉は、ちゃんと聞こえていたらしい。禁断の言葉を聞いた健太は飛び起きるなり、攻撃態勢に入った。 真正面にいる俺を見据え、顔面に向かって拳を突きつけてくる。 だが、俺だって毎日健太の相手をしている。突然の攻撃にはもう慣れっこだ。 乾いた音を響かせ、俺は見事健太の拳を受け止め、黙らせることに成功した。 しかし、ここで攻撃が終わるような健太ではない。当然、もう一方の拳もやって来るのもお見通しだ。 そしてやはり俺が思った通り、単純な健太は動いた。片方の手も拳に変えて、俺の顔面目がけて打ち込んでくる。 俺は透かさず空いているもう片方の手でも健太の拳を受け止めてみせた。 「っ、なんやねん、平然とオレの拳を受け止めやがって、ムカつくっ!!」 「健太! 何がムカつくやっ!!」 見事、二度にもわたって拳を受け止められ悔しがる健太に怒ったのは健太のお母さんだ。 「あんたがいつまでも起きへんから、こうやって咲輝くんが起こしてくれてるんやろ?」 おばさんの年齢はたぶん、俺の母さんと同じ四十そこそこだろう。それなのに、茶色い天然の髪の毛に小柄で大きい目をした可愛らしい彼女はまだ三十代でも通るんじゃないだろうか。いつまでも若々しい。 健太は間違いなく、おばさん似だ。 「この阿呆が!」 頭上に挙げられたおばさんの怒りの鉄槌が、寝グセのついたボリュームのある茶色い頭に下される。 「いてっ!! 母さん、なにすんねんっ!!」 「…………」 ……あと、誰よりも手が早いところも――。 「『なにすんねん』じゃあ、ないわっ、この子はっ! いつもいつも、遅刻せんと登校できてるんは誰のおかげやと思ってんねんっ!! ほんっまに、ごめんな、咲輝くん」 「いえ、あの、俺学校の支度するんで家に戻ります」 このままだと母子で朝から喧嘩が勃発(ぼっぱつ)しそうな雰囲気だ。俺がココにいれば、とばっちりを受ける可能性もある。 俺は逃げるようにして健太のベッドから抜け出すと、ベランダへ下りた。 外は柔らかな太陽の日差しがやっと地上を照らしはじめたところなのか、肺に送り込まれた空気は夜のようにひんやりと冷たい。 「咲輝くん、ほんま。いつもありがとうなぁ〜」 ブスッとしている健太に代わり、おばさんは俺が立ち去り際、背中越しからそう言った。 「いえ、また後で来ます」 いまだ、チビと言われたことがイラつくらしい健太は頬をぷっくりと膨らませ、桃色の唇をツンと尖らせている。 そうやってそっぽを向いて怒っている健太も可愛い。 そう思ってしまうのは、惚(ほ)れた弱みなのかもしれない。 そんなご機嫌斜めな健太だが、なんてことはない。俺が学校に行くため迎えに来る頃には何もなかったようにケロッとしている。 そうして機嫌を回復した健太は、俺と共に登校する。 俺は、寝覚めの悪い健太の非礼を詫びるおばさんにお辞儀して、高校に行くための身支度を整えるべく、そっと窓を閉めた。