白のカッターに緑色のネクタイを結び、紺のブレザーとズボンという松林(まつばやし)高校の制服に着替えた俺は、ワイン色のドアの上にある、『二〇二』とプレートに表示されている家のチャイムを鳴らした。 「遅かったやん、咲輝。学校遅刻するやろ?」 偉そうにどの口が言っているのか……。 俺よりも頭一つ分低い身長の健太がひょっこり顔を出し、俺の顔を見るなりそう言った。 まったく、朝からすんなり起きなかった奴がどのツラ下げて言うのだろうか。 なかなか起きなかった健太は自分のことを棚に上げ、俺を遅いとはやし立てる。 ――季節はまだ真冬とはほど遠い十二月中旬。 それなのに、健太はもう黒の学生用コートを着用している。 そして首には黒と緑の格子柄マフラーを目いっぱい巻きつけ、さらには両手に手袋をつけていた。寒がりやな彼は、かなりの重装備だ。 「お前は、相変わらず、あたたかそうだな?」 少しムカついたから、イヤミを言ってみる。 それなのに、健太は何を思ったのか、右手を差し伸べてきた。 「……?」 これはいったいどういうことなのだろうか? 差し出された、もこもこの手袋に包まれた手をジッと見つめていると、俺の左手が強引に掴まれた。 「なんやねん、そんなん言うんやったらお前もコートくらい着たらええのに……。ほら、手、かせや」 どうやら健太は、自分があたたかいのを羨ましがってると思ったようだ。手を繋げと言っている。 ――俺のイヤミすらも通じない。鈍感な奴。 まあでも、健太と手を繋げるんだ。勘違いされてもいいかもしれない。 『好きな相手と登校中に手を繋げる』という少女趣味な自分の考えに、少し笑える。 「ソコ、笑うとこか?」 俺の表情を見た健太は、首を傾げている。 「別に……ほら、ボサっとしていると遅刻するぞ」 健太に対する俺の恋心を悟られないようそう言うと、健太を急かした。 ――俺たちの高校まで続く一本道。 日あたりがいいそこは、春になると丸い閉じたような形で白い花を咲かせるハクモクレンの木が道に沿って並んでいる。 だが今の季節は十二月。ハクモクレンの枝はむき出しで、緑の葉もつけていない。雲一つない青い空と相まって、少し寂しい雰囲気を漂わせているその道を、俺と健太は歩く。 「おっ、朝からラブラブだな、お前ら」 そんな場所で俺たちが出くわしたのはクラスメイトの置田(おきた)だ。 いかにも、『スポーツマンです』というガタイがでかい置田は、身長が低い樋口が目に付くのか、俺たちが手を繋いでいる姿を見て茶化してきた。 「そんなんちゃうし!! 第一、男同士でラブラブとか、ありえへんやろっ!!」 真っ向から否定した健太の言葉と一緒に繋いだ手が離れる。 それが悲しいと思うのは、健太を想っている俺だけだ。 「どうだかな? それも疑わしい。実は、『健太くん』じゃなくて、『健太子ちゃん』だったのかもしれねぇし?」 「なんやと!?」 健太は、自分を馬鹿(ばか)にしてきた置田を追いかけ、走る。 俺の隣に健太がいなくなる。 一人きりになったような錯覚に陥る。 その時ちょうどタイミングよく冬の木枯らしが吹きすさぶ。健太の手の感触すらも少しずつ消えていく……。 こうやって、いつかは健太は俺から離れて行ってしまうのだろうか……。 そう思うと、悲しみと孤独感が増す。 「寒いな……」 ボソリと囁いた俺の声は、そのまま木枯らしに乗ってどこか遠くに行ってしまった。