◆ 「あの、咲輝くん。今、少し、いいですか?」 一年B組の、なんてこともないいつもの昼休憩。 持って来た弁当を健太と一緒に食べようと立ち上がったその時、タイミングよく開いた教室のドアから女子が声をかけてきた。 当然、俺はその女子に面識はない。 健太との休憩時間を壊されて悔しい気持ちでいっぱいだ。 だが、これもいつものこと。だから呼び出しの内容も知っている。 告白だ。 七ヶ月も同じ教室で過ごしているクラスの連中も、それを知っている。口笛を吹いてはやし立ててくる始末だ。 周囲が騒がしい中、俺はこっそりため息をつき、教室を後にした。 周りが背の高い木々に覆われているおかげもあってか、真ん中にあるベンチしかないがらんどうな空間は木枯らしが円を描いて吹き荒れる。 ココは裏庭。冷たい北風が俺たちを容赦なく包み、そして去っていく。 「あの、お食事中にごめんなさい」 そう思うのなら、このタイミングで呼び出さないでほしい。 自分勝手な俺は、俺を呼び出した相手に心の中で毒づいた。 しかしそれを言えるハズもなく、口を閉ざしたまま彼女と向かい合った。 そこで真っ先に目に付いたのが、彼女の右胸についている赤色の名札だ。どうやら彼女は俺と同学年らしい。彼女は肩まである茶色い髪をふたつに分けてくくっていた。 二重の大きな目と小さな唇。それに百五十センチくらいの身長の小柄な彼女はどこか健太に似ている気がする。 健太がこの子だったなら……。 ふと、そんな考えを過ぎらせてしまう。 だが、それは有り得ない話だ。 俺は頭に過ぎった考えを捨て去ろうと、彼女に気づかれないよう首を横に振った。 「あの、私、日野 明日香(ひの あすか)って言います。咲輝くんのこと、ずっと見ていて……好きです私と付き合ってください」 ああ、やはり告白だった。 それにしても、と俺は目の前に立っている彼女の立場をあらためて考える。 話したこともない俺にこうして声をかけ、恋を告げるのはどれだけ勇気がいるだろうか。ヘタレな自分にはできない芸当だ。 「ごめん、俺、他に好きな奴がいるから……」 「それは……誰だか聞いたらいけないですか?」 いるのは本当。だけど、どこの誰かは言えやしない。言ったら最後、この恋は終わりを告げるだけじゃなく、今まで大切に守ってきたものすべてを失ってしまうから……。 「ごめん」 大きな目に涙が溜まっているその姿を見るのが痛々しくて、俺はそのまま背を向けて去った。 おそらく、健太に告白すれば、俺は間違いなく今の彼女の立場になるだろう。それでも彼女はまだマシな方だ。 たった一度、告白しただけの奴に振られるんだ。 俺よりももっとずっと好きな奴ができたら、今日のことはすぐに忘れられるだろうと思う。 だが、俺は違う。 俺は健太に振られたら――……。 今まで当たり前のように傍にいて、笑い合っていた彼に振られたら――……。 絶対、今回の彼女のようにうまく吹っ切れる自信はない。この報われない想いを永遠に引きずって生きていくことになるのは目に見えている。 やはり、この気持ちは言えない。 俺は恋心を自分の胸の中に仕舞い込み、重い足取りのまま歩を進めた。