05
宴はポットから紅茶を注いだカップをひかりに渡し、自分用に淹れたコーヒーを一口飲んでから話し出した。
「精神的ショックから記憶を失った可能性があるとしたら、無理に思い出さない方が良いですよ」
気遣う瞳でひかりを見詰めて語る。
「前にも話しましたが、記憶は精神の土台とも言えるものです。貴女は今それを失い、自分というものを無くした状態で生活している。もしも取り戻した時、そこにいる貴女は今の貴女とは全く別の人格なのかもしれない」
目の前に座るひかりは紅茶のカップに目を落としたまま、何も言わない。
「思い出した時、貴女が何かしらショックを受け、心が壊れてしまう事も考えられる。そうなったら、今の勇君との生活が続けられるか分からない。そんな危険を、敢えて犯す必要がありますか?」
少しして、ひかりが顔を上げた。
その表情は予想していたものとは違い、穏やかな微笑だった。
「優しいんですね、勇も貴方も。まるで、自分の事のように私を心配してくれて。有り難うございます」
ひかりは強い光をたたえた瞳で続ける。
「でも、もし私が思い出した事が何か勇の役に立つのなら。その可能性が、僅かでもあるのなら。私は思い出したい。それでどんなに、胸が痛んでも」
残酷な過去と向き合う事になっても。
「大丈夫です、きっと。それが私の思い出なら、辛くても悲しくても……。いつか優しい思い出になるように、全てを受け止めるから」
宴は深く息をついて、デスクにカップを置いた。
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Reservoir Amulet