記憶の海.05


「……有り難う」

そう言って、少女の淡い色の髪に触れる。

「お前、優しいんだな。見ず知らずの俺なんかにそこまで言うなんて変わってるよ」

だから、だからこそ。

微笑んで、そっと細い肩を階段の方へと向ける。

「もう帰った方が良い。お前みたいな娘は、俺なんか気にするな」

「でも……」

自分を映す大きな瞳に、もう一度告げる。

自分自身に言い聞かせるように。

「さようなら。気を付けて帰れよ」

手の届かない場所へ。

このまま遠い場所へ。

自分のことなど忘れて構わないから、どうか違う場所へ。

少女の名も、何者かも訊かなかった。

もう会う事も無いだろうと、それで良いと思っていた。

ほんの一瞬の、偶然の出会い。

共に過ごした時間など、ほんの僅かだ。

このまま会わなければ、いつか消えて無くなるようなささやかな想い出になるだけと、そう思っていたのに。

まさかあんな形で強い瞳の彼女と再び出会う事になるとは想像もしていなかった。

初めて会った時から、彼女は既にあのやり方をとると決めていたのだろう。

そうでなければ、あんな言葉を口にする筈が無い。

哀しい程、強い。

何もかもを知った上で尚、人の痛みを受け止めて包み込んでしまう。

この海のように。





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