記憶の海.09


するとマイヤは、口元に付いた血を袖で拭いながら言った。

「シズマさん、お願いが……。貴方にしか、頼めない」

ああ、なんて無力な腕なのか。

僅かに服を掴んだ彼女を、抱き返せない。

そんな資格は無い。

それなのに、どうして。

「お願いします、シズマさん……。私の代わりに、あの機械を壊して……!」

「どうした、シズマ。長官命令だ。さっさと始末しろ」

司が促すと、マイヤは微笑んだ。

「ごめんなさい、貴方を苦しめてしまったけれど……」

「マイヤ……!」

思わず伸ばした手は、彼女へと届かずに。

「それでも、私は貴方の味方……」

マイヤの体が傾き、そのまま下の海へと吸い込まれる。

思わず伸ばした手は届かずに。

彼女は海へと落ちて行った。

ただ優しい声と哀しい微笑みだけが、目に焼き付いて。

目に映るのは皮肉な程に美しい海と、静かに音を立てる波。

まるで何事も無かったかのように。

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