怪異


「何故でしょうね。でも私、何かを」

言い掛けて僅かに顔を歪め、呟くように続ける。

「何かを、忘れているような……」

少しの間、桔梗は自分の前髪に触れながら考え込んでいた。

しかし何も思い出せなかったらしく、やがて明るい口調で言う。

「そろそろ帰りましょうか、賢木さん」

「……そうですね」

随分あっさりとした態度に、かえって違和感を覚えながら同意する。

今彼女が言おうとした事は、もしかしたらとても大切な事だったのではないだろうか。

「体を動かしたせいか、お腹もすいて来ましたし」

思考は、桔梗の何気無い言葉によって中断された。

「もしかして、夕食はまだですか?」

「え、ええ。でも、よくある事ですから。仕事が閉店の時間まで入っている時は、どうしてもこの位になりますし」

「すみません、気付かなくて。良かったら、これから一緒に行きませんか」

「え、でも……」

戸惑うように見返した後、桔梗はふっと微笑んだ。

「そうですね」

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