距離
「でも今日、本当に幸せそうに笑っていて、満たされた瞳をしていて……。恋って人を変えるんだと思って」
そう語る桔梗に一瞬目を向けて、小さく息をつく。
「……そうかもしれませんね」
こわい程の強さで、人を変える。
恋とは、そういうものなのかもしれない。
「あの、賢木さん」
赤信号で止まった時、ふと桔梗が真っ直ぐな眼差しを向けて来る。
「賢木さんは、恋をした事がありますか?」
「…………」
とっさに反応が出来ず、車内に沈黙が満ちた。
「あっ、すみません!私、変な事を訊いてしまって……!」
桔梗が慌てた様子で目を逸らして言う。
「どちらかと言えば、まだ恋を知らない私の方が変わっているんですよね。賢木さんなら恋の一つや二つ……。いえ、十や二十はしていますよね」
「そんな事ありませんよ」
どんな印象を持たれているのだ、自分は。
そう思って否定したものの、桔梗は恐る恐るといったように再び目を向ける。
「あの、今まさに恋人がいたり……?」
「いませんよ」
「そ、そうですか。もしもいたら私、この上無く迷惑ですよね」
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Reservoir Amulet