距離
「……終わりましたね」
「そうですね」
そう言ってから改めて桔梗に目を向け、思わず苦笑を浮かべる。
「折角お洒落をしたのに、台無しになってしまいましたね」
手を伸ばして、乱れた黒髪に触れる。
緩く巻いて綺麗に結い上げられていた髪は、今は解けて顔にかかってしまっている。
深い青のワンピースも羽織っているコートも、海の飛沫を受けて水を滴らせていた。
濡れているのは自分も同じだったが、着飾った桔梗の方が遥かにショックだろう。
そう思ったが、桔梗は顔にかかる髪を払いながら軽く言った。
「大丈夫ですよ。服は洗えば良いですし、髪のセットもメイクも、帰ったら落とすものですから」
「それはそうかもしれませんが……」
言いながら辺りを見回し、道路に上がる階段の側に脱いだままになっていた桔梗の靴を見付けて拾い上げる。
「あ、有り難うございます。すみません」
慌てて近付いて来た桔梗の足元に膝をつく。
「え?だ、大丈夫ですから。私、自分で……」
更に慌てた様子で言いかけるのを制し、白い足に靴を履かせる。
靴が無ければ踏み込みも難しかっただろうに、そんな素振りも見せずによく戦い抜いたものだ。
そう考えながら立ち上がると、桔梗が頭を下げた。
「有り難うございます、賢木さ……」
そこまで言って、不意に小さくくしゃみをする。
「大丈夫ですか?」
「はい」
桔梗はすぐに笑顔で頷いたが、二人共海水をかぶって濡れているのは確かだ。
「このままでは風邪をひきますね」
「私、頑丈ですから大丈夫です。あの、少ししょっぱいですけど」
僅かに顔をしかめた様子が子供っぽく可愛く見えて、微笑みながら手を差し出す。
「此処は寒いですし、移動しましょうか」
「あ、はい」
そっと重ねられた手を握って歩き出す。
胸は変わらずざわめくけれど。
自分よりも小さな手が温かいから。
今はそれだけで充分だと思えた。
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Reservoir Amulet