09
手を振る神無に見送られ、村を出てから数日。
氷月は山を越えた先にある街に着いた。
此処に来たかったのは、記憶を取り戻す切っ掛けを探す為だけではない。
人で賑わう店の主人に頼んで雑用をさせてもらい、僅かな賃金を得た。
何日か留まる間に幾つもの仕事をこなして、ようやく少しだけまとまった金を手に入れる事が出来た。
氷月はその金を持ち、娘が歓びそうな物を売る店に向かった。
彼女にはどれが似合うだろう。
散々悩んだ結果、小さな飾りの付いた簪を一つ買った。
冬の空に浮かぶ月のような色の玉が揺れる簪は、きっと神無に似合う筈だ。
本当は着物や、もっと高価な物を贈れたらいいけれど。
これが今の自分の精一杯だ。
簪を懐に入れて足早に歩き出す。
店で働きながら人にさり気無く尋ねたりもしたが、記憶についての手掛かりは何も見付からないままだ。
でも今は、早く彼女の元へ帰ろう。
自分の過去が気にならない訳では無い。
でも失われた思い出よりも、神無に会いたい。
あの笑顔が見たい。
そして、まだ口に出来ないままの感謝をいつか口に出来たら。
胸に秘めたままの想いを、いつか伝えられたら。
果てしなく広がる願望が胸を支配して。
いつしか心の深くからの声を締め出していたのだ。
許されない願いと、叶わぬ夢と分かっていながら。
彼女と寄り添い生きる幸せを求めてしまった。
それは取り返しのつかない過ちと思い知るまで。
冷たい冬の空を朱く染める炎を目にするまで。
忘れたかったのだ、昔の自分を。
罪深き己を。
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