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どうしてその場で命を断たず、脱走という道を選んだのだろう。
あの月も無い晩、息を切らしてひたすら木々の間を駆けた。
自分はきっと、諦めが悪かったのだ。
「追っ手に切られて、怪我はしたけど死ななかった。崖から落ちて、助かったんだ。その後、山の中を彷徨い歩いて……倒れた僕を助けた人がいた。その人の名前は、神無」
すぐ側で話を聞いている娘が息を飲むのが分かった。
氷月はそちらを見ず、話し続けた。
見てしまったら、もう先を語れなくなる気がした。
「貧しいのに僕を助けて看病して……目を覚ました僕が記憶を無くしていると知っても、変わらず優しくしてくれた。毎日働いて汗を流して日々の糧を得る。そんな穏やかな生活がずっと続いてほしいって、僕もいつしか願ってた」
なんて身の程知らずだったのか。
あの心休まる暮らしが自分にとっては儚い夢に過ぎないと、何処かで分かっていたというのに。
「それから、夏だったのが冬になって……僕は数日間、神無のいる村を留守にした。その間に、村に盗賊団からの追っ手が来たんだ」
どうしてよりによってあの時に、彼女の元を離れたのか。
今になっても悔やまれる。
「帰って来たら村は燃やされ、住んでいた人達は殺され……一緒に住んでいた神無も血まみれだった」
全てが朱に染まった、悪夢のような時間。
ずっと続いてほしいと密かに願っていたものが、全て崩れた朱の残酷。
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Reservoir Amulet2