噛み合わない歯車

結果から伝えると「なまえくんが沖田隊長と浮気をしていた」というのはものすごい勘違いだった。

あのあとすぐに現場は動き出して、一連の事件が解決した途端に、副長は俺の事を殺そうとしてきた。
訳が分からなくて聞けば俺の勘違いを指摘されて、いっそこのまま死んだ方が楽なのでは?と思うくらい殴られた。そりゃもうボッコボコに。
精神的にも肉体的にもぼろぼろになったのは自業自得ともいえるけれど、なまえくんが倒れたと聞いて慌てて病院に向かった。

「のに、なんでもう退院してんの…!」

息を切らして受付で名前を言えばさらっと「先ほど退院しました」と言われた俺の絶望たるや。
副長が早く解放してくれればこんなことにならなかったのにと悔やんでも仕方がない。
とにかく今はちゃんと帰れてるか、どこかで倒れてたりしないだろうか、不安ばかりが募っている。
まっすぐ帰ってるなら多分家に着いてるだろうけど、絶対冷蔵庫になんにも入ってないよな。それでまた入院なんてことになったら困る。
いっそ必要なものを全部買ってから行くかと、そこそこ重くなったスーパーの袋をひとつ持って、いざなまえくんの家に向かおうと歩き出した時だった。

目が合ってしまっ、…たァァァ!

目の前にいたのは同じく買い物を終えたであろう、たまさんだった。
ここはこんにちはじゃあまた〜ってすり抜けるのが一番だろうが、本当にそうすべきか悩ましい事態なのだ。
彼女は何故かスーパーの袋を4つも抱えているからだ!
涼しい顔して持ってるけど、これをさぁ…見過ごして行くのもなんかヤな奴じゃない?

「重そうですね。良かったら途中まで運びますよ」
「いえ、大丈夫です」
「女性にこんな荷物持たせられないですって……って本当に重ッ!」

たまさんの隣を歩きながら、思い出すのはいつか俺が願ったこと。

「本当に良かったんでしょうか」
「ん?ああ、気にせんでください。俺がしたくてしてるので」
「心ここに在らずですよ。あの方のことで何かあったんですね」
「……知ってたんですか」

山崎さんを追ってる姿よく見かけますから、と続ける凛とした横顔。

「あの子のこと傷つけてしまって、それで俺どうしたら許してもらえるだろうってことばっかり考えてて…」
「きっと大丈夫です。そのまま伝えたらわかってくださいますよ」

たまさんがそう言うなら大丈夫かもしれない。けどやっぱり不安でしょうがない。
うんうん唸っていれば、彼女は少しだけ早足になった。
それに早く会いたい気持ちが加速して、背中を押してもらえたような気がした。

スナックにたどり着けば、中にいたのは万事屋の旦那だった。アンタいるなら一緒に行ってやれよ!何こんなに荷物持たせてんだ!

「おーおー、たま。余計なモンが後ろにくっついてんぞ?捨ててきなさいお父さんは許しませんよ」
「余計なモンではありません。山崎さんです」
「懲りずにまだ狙ってんのかァ?いい加減うちのたまはやれねーぞ」
「旦那やめてくださいよ。俺もうちゃんと恋人ができましたから」
「いやいや嘘だろ。下心満載だから来たんだろどうせ。荷物とか持って優しい男アピール?健気だねえ」
「だから恋人いるって言ってんだろォ!」
「いやいやいやいや大丈夫だから。銀さんわかってるから。オナホも立派な恋人だよな」
「オナホとはなんでしょうか」
「そんなこと言うのやめてください!今はその子のことが本気で好きなんです!」

やっと言えた気持ちがすとんと落ちてくる。

今までこんな風に彼女を見れたことがあっただろうか。目なんて合わせられなかった。きっと一緒に歩くことすら緊張してできなかっただろう。
たまさんが隣にいてもなまえくんのことばかり考えてしまうなんて、自分でもびっくりしちゃったよ。

そうか、もう未練なんてないんだな。
確かに好きだった。でももう過去のことだ。

今はただひとり、なまえくんだけを思ってる。



「おうおう、魂抜けてら」
「沖田隊長ぉ……」

錆びたように鈍くなった首を上げると「ついに別れたんだろ」と心臓をえぐられる。

「俺は別れてないですから!永遠に別れる気もないですけど!」
「俺ァ当然の結果だと思うけどねィ。おめーのせいで大変だったぜ」
「その件はご迷惑をおかけしました…」

あの日からなまえくんは家から出てこなくなった。
あれだけ傷つけてしまったんだから、拒否されて当然だとも思う。
それでも諦めきれない俺は扉を叩くし、反応がなければ手紙をポストに入れていった。溜まり始めたことを気にせず書き続けた。
夜は家の前で明かりが付いてないか確認して、なんならメーターだって回ってるか見てる。もはややってることはただのストーカーだ。
たまについた明かりが生きていることを知らせるけど、それは生きてるってだけで元気とは限らない。
外に出てないなら尚更だ。ご飯なんか食べてないだろうし、また倒れてたら?ただでさえ弱ってるのにこれ以上は……

鍵も持っていない俺が残された手段は手荒なものしかなく、窓ガラスでも扉でもぶち破って入ることしか出来ない。
なまえくんを傷つけた俺がそんなこと許されるだろうかと、実行できないまま。

「……入院中、あいつは一言も話さなくてねィ。まぁ土方のクソヤローを無視するのは当然だとしてよ、退院してからだってフラフラ市中を歩き回って、まっすぐ家に帰りやしない」
「沖田隊長、それって…」
「あいつがどこにいたか知ってるか?」

さあっと血の気が引く。
まさか、そんなはずはない。

「全部知られてんぞ」

なまえくんを迎えに行ってやらないであの場所にいたことを。
やましい事はもちろん何も無い。けれど倒れてしまうほどずっと俺のこと待っていてくれたのに、それを裏切るような行動を見せてしまったことには違いない。
あの日問い詰めることもできたのに、俺の様子を伺うだけで何も言わなかった。
触れてこない手は俺を思ってだった?
体だけでもって俺を引き止めたくて?
じゃあ今、なまえくんが家から出てこないのは…

「俺なまえくんの所に行ってきます」
「バズーカ持ってくかィ?特別に貸してやるぜ」
「そんなの無理やりこじ開けてやりますよ」

歯車がやっと回り出す。
それがまだ噛み合っていないことに気づかないまま、俺は走り出していた。

 
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はじめ