明日世界が終わるよ

今はただ、その寝顔を目に焼きつけるように退くんのことを見つめていた。
瞼を閉じることすらもったいないほど。

当たり前のようにしてくれる腕枕だって、この指の触り方の癖も、たまにいじわるになる言葉も、全部僕だけが知っているものだ。
全部、ぜんぶ、ぼくのものだったのに。
他の誰かが退くんを知ってしまうなんていやだよ。
落としていく雫のなかに見えたのは、僕の大切な思い出たちだった。

「なまえくん…?」
「っあ……ごめん、起こしちゃった…」
「泣いてる、の?……俺がいるから大丈夫だよ」
「うん……ごめん、ごめんね……」
「ん、いいから…もう寝なね」

僕が泣いてたら安心させるように抱き寄せてくれるところ。
優しく背中をさすってくれるあったかい手も、たまにしか聞けない寝起きの掠れた声も。
ほら、また好きなところを思い出しちゃった。
ひとつひとつに思いが溢れるばかりで、眠ることなんてできやしないのに。
終わり始めた夜が僕だけを残して、朝を迎えるよ。


「ばいばい、退くん」


お仕事ギリギリの時間まで起こさなくてごめんね。
疲れてるみたいだったから起こしたくなかったのもあるんだけど、目に焼きつけるようにじいっと寝顔を見ておきたかったんだ。
本当にあっという間で退くんのことなら時間がいくらあっても足りないって思ったよ。
寝言で僕の名前呼んでくれたのも嬉しかった。
今日なんの夢見てたかは聞けないままになっちゃうのが心残りだな。

僕が体調悪いからっていろいろ買ってきてくれたのに、玄関に落としたままにしてごめんね。
俺がなまえくんにご飯食べさせてやらないとって、そんなこと言われるとは思わなかったよ。
一人でも食べれるって言ったのに信憑性がなさすぎて笑っちゃったね。
でも退くんがいないと何食べても味なんてしないし、いっそのこと退くんに与えられたものだけで生きていけたらいいのに。

あとね、お仕事休むって言ってくれたのに、無理やり出ていかせたのはわざとだよ。
行きたくないってわがままを言う姿はすっごく可愛かったし、何より一緒にいたいって言ってくれて嬉しかった!
僕はいつも24時間365日ずっと二人でいたいって言ってるけど、本当はお仕事してる姿もかっこよくてずっと見てたいくらいなんだよ。とはいえ退くんのことならいつでも見てたいんだけどさ。

「本当に本当に本当に仕事行かなきゃダメ?」
「だめだよ。副長さんに怒られちゃうんでしょ」
「そうだけどさぁ…じゃあ、いってきますのちゅーしてよ。そしたら行く」
「でも僕、目もはれちゃってるし、ひどい顔してるから…」
「俺にとっては全部可愛いよ。それにちゅーしてくれなくてもなまえくんと一緒にいる時間が増えるだけだし」

両手を顔に添えられてしまえば逃げ道なんてない。
僕は迷いながらも最後に、触れることを選んだ。
その目に今映っているのは僕だけ。ずっとそうだったらいいのに。

「ありがと。夜また来るからいい子にしててね」
「うん、わかった」
「なまえくん、いってきます」

鍵をかけるのはあまりにも簡単で、一番難しいことだったよ。



浅い眠りから覚めた僕は、今日もひとりで想い出を零していく。
壁にはられた写真を一枚ずつ手に取っては、指でなぞって、ひとつずつ床に落として。
壁に残されたのはもう数枚しかない。

これはタバコ屋さんのかげから隠れて撮ったやつ。
喫煙者だと思って同じ煙草を買ったのに、副長さんのだったってわかった時はびっくりしたっけ。
ぶつぶつ文句言いながらボタン押してるところが可愛くって、なんだか癒されちゃったんだよね。

この日は退くんが見回りに出てて、すごく近くから写真撮れて嬉しかったなぁ。
この時はもう退くんとお付き合いしてたから、手を振ってくれるだけで幸せだった。
ファインダー越しに目が合うのもいっつも胸がうるさくて、手ぶれしちゃいそうなのを堪えて大変だったな。
パトカー運転してるところもかっこよくて、いつか隣に乗りたいなって思ってた。真選組の試験でも受けたら良かったかな?あんまり受かる気はしないけど…

あ、退くんが落としたレシートも出てきた!
後付けてたらたまたま拾ったのに、声がかけられなくてそのまま貰っちゃったんだ。でもレシート越しに退くんの手を感じて嬉しかったなぁ。
大江戸マートで棚越しに見つめるのも好きだった。近くってドキドキしちゃって、お話しちゃったりして。
だから退くんから声をかけてもらった時は死ぬかと思ったよ。
ついに僕の事見てくれたってことは付き合うんだ、と思ってちょっと暴走しちゃったっけ。

床いっぱいに広がった想いに、熱が落ちる。

退くんがうれしいなら僕もうれしい。
でも、僕を選んでほしかった。
欲深くなってしまった気持ちは、近くで退くんを感じることができてしまうようになった代償だったね。
見てるだけで幸せだったのに、退くんが、ぜんぶ僕に教えたんだ。
隣にいれることの幸せを。

僕を呼ぶ声を聞こえないふりするのは、退くんのことが好きだからだよ。
さみしさを紛らわすために手に取った、お揃いのマグカップ。それに口付けようとしたのに今の僕には重くって、手から離れてしまう。
砕ける音を聴きながら、そうだよねって勝手に納得した。

かけらをひとつ拾って、 首もとに当てた。

きっとこうすればよかったんだ。
体の力が抜けて、退くんの写真でいっぱいになった床に倒れる。なんだか包まれてるみたいであったかい。

幸せになんてなれるわけないのに、羨ましがって、夢を見てごめんなさい。
隣になんて置いて貰えなくていいから、せめてひとつだけ許してほしいな。

退くんのことをずっと見てるよ。

 
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はじめ