近くて遠い

なまえくん禁止生活1日目。
部屋に入れてもらえないどころか、姿を見させてももらえない。

あの時も俺だけが病院に置いていかれたのだ。
みんなパトカーで帰りやがった。手錠をされたなまえくんを連れて。
だから慌てて追いかけようとしたら怪我のことや精算やらで看護師さんに捕まって、俺はその対処をいっぺんにまかされてしまった。
気づけばあっという間に夜だ。俺が屯所に帰った時にはすでになまえくんは部屋で休んでいるらしく、そこへ向かおうとすれば副長に首根っこを掴まれながら局長の元に連れていかれた。

数時間ぶりに会った局長はこの世の終わりってくらい号泣していて、部屋のなかには大量のティッシュが散乱していた。鼻水だってすごい。
隣の副長は眉間のしわを濃くしながら、煙草をふかして俺に忠告する。
とうぶんなまえくんに近づくな、と。

「なんでですか!今こそ俺がそばにいて支えなきゃいけないでしょう!」
「総悟が調教のしがいがあるって喜んでるから安心しろ」
「恋人である俺が責任をもってなまえくんと話すべきじゃないんですか」
「本当にそう思ってんのか」

ピシャリと跳ねのけられた言葉に背筋が伸びる。

「出てくるのを待ってあんなことになったんです。また……」
「死なれたら困るってか?ならもっと冷静になるんだな」

俺だって冷静に考えてる。考えたからこそもっとなまえくんに寄り添わなきゃいけないって思ったんだ。それしか正解なんてない。

「なまえくんを心配してるのは何も山崎、お前だけじゃない。あんな姿を見たら…おで、だっでぇえ……っ」
「あーもうしゃべるな泣いてろ」
「ずまんドジィイイ!」
「みょうじがお前に会いたくないんだと。あの部屋に入ったらお前は切腹、と近藤さんはそう言ってる」
「ぞごまでいっでないっでぇ…っぐす、なんでこんなことになっぢまっだのがなぁ……」

そんなの俺の方が聞きたいよ。
こんなにも大切に思ってるのに、やること全部がなまえくんを傷つけてしまう。会いたくないなんて当然だよな。
先に信じることが出来なかったのは自分なのに。


副長にはああ言われたけど、なまえくんの部屋まで来てしまった。
俺に会いたくないなら、せめて部屋の前に居るだけでも許されたい。可能であればこの気持ちをたくさん伝えたい。自分勝手でごめん。
怒られても何をされてもそれでも好きだって伝えることしかできないんだ。切腹でもなんでもしてやる。俺はそれくらいの覚悟を決めてんだ。

「やっぱり来やがったな」
「うわっ開けてないです!開けなきゃセーフですよね!ほらちゃんと言いつけは守りましたよ!」

がらりと開いた襖から沖田隊長が現れる。
俺がなかを覗く前にさっと閉められて、なまえくんの様子を伺うなんてできない。通せんぼされて入ることなんてもちろん不可能な状態だ。
せめて声だけでも、と深く息を吸う。

「俺はなまえくんが好きだー!!!」

沖田隊長がすごい顔してるけどめげない。

「なまえくんが好きだ!俺は諦めない!君のことを一生愛するって誓う!」
「おい、今がプロポーズするタイミングかよ」
「毎日プロポーズしてやりますよ。っいた、俺は本気ですから!なまえくん聞こえてる?!あっちょっと今だめですって」
「やれるもんならやってみな」

沖田隊長にボコられてもしょげない。
俺にできることをするまでだ。なまえくんの心を溶かすまで。また一緒に笑える日が来るまで絶対に諦めない。

「うるっせぇよ山崎ィ!切腹つっただろゴラァアア!」
「やっべ、またすぐ来るから!なまえくん好きだよ!」

後ろから鬼の声が聞こえる。さすがにこれは死を予感してひとまず退散だ!


***

外から退くんの声が聞こえる。
総悟くんは隣で舌打ちをして「やっぱり来やがったな」と追い払う。

退くんはどうしてこんなことするんだろう。
会わさないようにすると聞かされていたのに、その存在を示すようにたくさんの言葉を僕に向ける。
合わせる顔なんてないのに、退くんはまだ僕のそばにいようとする。そんなのおかしいよ。僕のことなんか好きじゃなかったじゃないか。
それは副長さんや総悟くんに怒られてまで伝えたい言葉なの?どうして好きって言うの?
膝を抱えて目を瞑れば、あの日のことがまぶたの裏から離れない。

「あーやっとうるさい奴が消えたぜ」
「…………」
「いっそお前も出てやりゃあ良かったのに」

部屋の中へ帰ってきた総悟くんは、なんにも言い返さない僕をつまらなそうに見て、隣同士に引かれたお布団へ入ってしまった。
会いたくない、なんて直接言えるわけないのに。

「ほら、もう寝んぞ。なんなら一緒に寝てやろーかィ」
「…………」
「返事しねぇってこたぁ、俺の好きにしていいんだな」
「ひ…、ひとりで寝れるもん」

強がった言葉すら僕じゃないみたいだった。
でもいつもの僕ってなんだろう。
退くんのことだけを見てたのに、それが無くなってしまったらからっぽなままだ。やっぱりここにいる意味なんてないんだよ。
渦巻く気持ちをかき消すように、突然外からくしゃみが聞こえる。

「……ありゃあただの監視だ。気にすんな」

そんなわけないのに。
僕はお布団のなかで目を瞑る。早くひとりにしてくださいと祈りながら。

 
もどる
はじめ