吐くほどの愛
これがこいつの計算だとでも言うのかねィ。
人を思ったまま死ぬなんてただの呪いだというのに、死んでしまえばより深く忘れられない存在になると。
山崎の心に入り込んで縛りつけようとでもしてるんだろうかと疑った。
だが、なまえは逃げる術をひとつしか持っていなかっただけだった。
自分の心臓を差し出すことしか知らない、あまりにも可哀想で愛しいほど不器用なのだと。
あいつはここに来てからは抜け出そうとはせず、じっと時が過ぎるのを待っている。
飯は食わねえし泣いてることも多く、今までが嘘のように表情のない毎日を送っていた。ただ痛々しく首に包帯を巻いて、力なく座っているだけ。
それでもなまえの視線は何かを待っているように外に向けられたままだった。
何度追い払われてもまた求めに来る姿、それを見てどう思うんだ?
笑っちまうくらい一途だよな。こんだけ傷ついてんのにまだ吐きそうなほどの愛を食おうとしている。
「いい加減追い払うのも面倒でねィ。そろそろお前が相手してやるか?」
「……別に、このままでもいいよ」
「それだと俺が気に食わねーんだなぁ、おらとっとと消えろザキィ!」
山崎を追い払った後、なまえはめずらしく口を開いた。
「全部本当のことだったらいいのに」
「ならいっそ試してやりゃあいいじゃねぇか」
「試す…?」
「本当ならお前が何してもあいつが許すだろ。つーかボコボコにしてやらねーとわりにあわねーぞ」
一生消えない傷まで作りやがってよ。
どんな形であれなまえから動かなきゃ意味がねーんだ。あいつがどんなに必死になろうがあと少しが届きやしないんだから。
「俺は付き合ってやってもいいぜ」
動いたのは、幸か不幸か。
なまえは今、俺の手を握っている。
あの時みせた勇気は思ったより長続きしなかったらしい。
山崎に背を向けたまま、最後の最後で躊躇ってしまったなまえを部屋の中に閉じ込めて、ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を掬った。
「嫌な思いいっぱいさせちゃったのに、どうして僕のことを信じようとするの…」
嫌な思いをしてんのはお前のほうだろ。もっと責めたっていいくらいなのによ。
「いっそ嫌われたほうが楽になれたのかな」
その縋るような手も間違えてんだ。わざと間違った言葉を求めて、自分を傷つけて愛を示そうとしている。
お前が未だにここに留まっているのは何だ?答えは全部出ているのに、小さな声で何度も名前を呼ぶから苛つくんだ。俺ならもっと…
「そんなに嫌われてぇんなら、いいぜ」
なまえに押し倒して、その頬に触れる。潤んだ瞳できっと見えやしない。
「手伝ってやるよ」
その言葉になまえは唇をかみしめる。ばかだなぁ、本当にばかだ。
俺にはそんな顔見せて、俺だけに本音吐いて弱くて情けねぇ姿見せてんだよな。もう後戻り出来ないようにしてやってもいいよな。
近づいた距離からいつもよりもなまえのにおいがして、息を深く吸った。
その首すじをくすぐる吐息に体が強ばるのを感じる。なぁに決意してんだか。らしくなくて、鼻で笑ってやった。
「はじめからこうしてりゃ良かったんだ」
それは自分へ向けた言葉だったかもしれねぇ。
こちとら変わらない状況に嫌気がさしてんだ。ならぶっ壊してから直せばいい。それがどんな結果であれだ。
手をそのまま進めれば、ぐずぐずと鼻をすする音が聞こえる。細い指が腕をつかんだってそんな弱いんじゃ辞めてやるかよ。
「俺にしとけよ」
「………総悟く、」
唇に触れようとした瞬間、廊下から何かがぶつかる音が聞こえた。
我に返ったなまえは俺を押しのけて逃げ出す。襖を開ければそこには山崎が倒れていた。
あいつの体を抱きながら何度も名前を呼ぶ声に舌打ちして、近寄れば邪魔者は気を失っているらしい。
後悔したって遅い。その額から伝わる熱はさぞ熱いだろうよ。
「どうしよう…、こんな熱…っ僕の、せいだ……」
「そうだな。お前がはっきりしねーからこいつは熱出して、俺はムラついてんだ」
俺は事実を言ったまでだ。そんな顔すんじゃねぇよ。ここまで来ると呆れちまうぜ。
「ごめんなさい…ごめん、っ…僕、こんなこと……」
「ったく、謝ってる暇あんならさっさと運ぶの手伝え」
「うん…、ごめん……ごめんね…」
しぶしぶ部屋まで運んでやった。しぶしぶ布団引いてしぶしぶ頭にタオルをのせてやった。まぁなまえがほとんどやってんだけどな。
じっと傍に座ったまま、病人よりも死にそうな顔をしてるから笑ってやった。真選組の人間がこの程度で死ぬわけねーだろって。
それでも責任を感じてしまうなまえは山崎の手を握って涙を落とす。傍から見ればひどく痛ましい姿なのに、この元に戻ったような感覚は気のせいじゃないんだろう。
「後はまかせたぜィ」
「え、でも…」
「俺は看病なんて御免だぜ。お前が責任もってやりな」
だってお前は結局、山崎を選ぶんだ。
あーあ、ばかみてぇ。
人を思ったまま死ぬなんてただの呪いだというのに、死んでしまえばより深く忘れられない存在になると。
山崎の心に入り込んで縛りつけようとでもしてるんだろうかと疑った。
だが、なまえは逃げる術をひとつしか持っていなかっただけだった。
自分の心臓を差し出すことしか知らない、あまりにも可哀想で愛しいほど不器用なのだと。
あいつはここに来てからは抜け出そうとはせず、じっと時が過ぎるのを待っている。
飯は食わねえし泣いてることも多く、今までが嘘のように表情のない毎日を送っていた。ただ痛々しく首に包帯を巻いて、力なく座っているだけ。
それでもなまえの視線は何かを待っているように外に向けられたままだった。
何度追い払われてもまた求めに来る姿、それを見てどう思うんだ?
笑っちまうくらい一途だよな。こんだけ傷ついてんのにまだ吐きそうなほどの愛を食おうとしている。
「いい加減追い払うのも面倒でねィ。そろそろお前が相手してやるか?」
「……別に、このままでもいいよ」
「それだと俺が気に食わねーんだなぁ、おらとっとと消えろザキィ!」
山崎を追い払った後、なまえはめずらしく口を開いた。
「全部本当のことだったらいいのに」
「ならいっそ試してやりゃあいいじゃねぇか」
「試す…?」
「本当ならお前が何してもあいつが許すだろ。つーかボコボコにしてやらねーとわりにあわねーぞ」
一生消えない傷まで作りやがってよ。
どんな形であれなまえから動かなきゃ意味がねーんだ。あいつがどんなに必死になろうがあと少しが届きやしないんだから。
「俺は付き合ってやってもいいぜ」
動いたのは、幸か不幸か。
なまえは今、俺の手を握っている。
あの時みせた勇気は思ったより長続きしなかったらしい。
山崎に背を向けたまま、最後の最後で躊躇ってしまったなまえを部屋の中に閉じ込めて、ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を掬った。
「嫌な思いいっぱいさせちゃったのに、どうして僕のことを信じようとするの…」
嫌な思いをしてんのはお前のほうだろ。もっと責めたっていいくらいなのによ。
「いっそ嫌われたほうが楽になれたのかな」
その縋るような手も間違えてんだ。わざと間違った言葉を求めて、自分を傷つけて愛を示そうとしている。
お前が未だにここに留まっているのは何だ?答えは全部出ているのに、小さな声で何度も名前を呼ぶから苛つくんだ。俺ならもっと…
「そんなに嫌われてぇんなら、いいぜ」
なまえに押し倒して、その頬に触れる。潤んだ瞳できっと見えやしない。
「手伝ってやるよ」
その言葉になまえは唇をかみしめる。ばかだなぁ、本当にばかだ。
俺にはそんな顔見せて、俺だけに本音吐いて弱くて情けねぇ姿見せてんだよな。もう後戻り出来ないようにしてやってもいいよな。
近づいた距離からいつもよりもなまえのにおいがして、息を深く吸った。
その首すじをくすぐる吐息に体が強ばるのを感じる。なぁに決意してんだか。らしくなくて、鼻で笑ってやった。
「はじめからこうしてりゃ良かったんだ」
それは自分へ向けた言葉だったかもしれねぇ。
こちとら変わらない状況に嫌気がさしてんだ。ならぶっ壊してから直せばいい。それがどんな結果であれだ。
手をそのまま進めれば、ぐずぐずと鼻をすする音が聞こえる。細い指が腕をつかんだってそんな弱いんじゃ辞めてやるかよ。
「俺にしとけよ」
「………総悟く、」
唇に触れようとした瞬間、廊下から何かがぶつかる音が聞こえた。
我に返ったなまえは俺を押しのけて逃げ出す。襖を開ければそこには山崎が倒れていた。
あいつの体を抱きながら何度も名前を呼ぶ声に舌打ちして、近寄れば邪魔者は気を失っているらしい。
後悔したって遅い。その額から伝わる熱はさぞ熱いだろうよ。
「どうしよう…、こんな熱…っ僕の、せいだ……」
「そうだな。お前がはっきりしねーからこいつは熱出して、俺はムラついてんだ」
俺は事実を言ったまでだ。そんな顔すんじゃねぇよ。ここまで来ると呆れちまうぜ。
「ごめんなさい…ごめん、っ…僕、こんなこと……」
「ったく、謝ってる暇あんならさっさと運ぶの手伝え」
「うん…、ごめん……ごめんね…」
しぶしぶ部屋まで運んでやった。しぶしぶ布団引いてしぶしぶ頭にタオルをのせてやった。まぁなまえがほとんどやってんだけどな。
じっと傍に座ったまま、病人よりも死にそうな顔をしてるから笑ってやった。真選組の人間がこの程度で死ぬわけねーだろって。
それでも責任を感じてしまうなまえは山崎の手を握って涙を落とす。傍から見ればひどく痛ましい姿なのに、この元に戻ったような感覚は気のせいじゃないんだろう。
「後はまかせたぜィ」
「え、でも…」
「俺は看病なんて御免だぜ。お前が責任もってやりな」
だってお前は結局、山崎を選ぶんだ。
あーあ、ばかみてぇ。