咲いた花

気づけば目の前には天井が広がっている。久しぶりにこの光景を見た。
少し重い手に違和感を感じて、目線をずらせばそこにはなまえくんがいた。
布団から出た俺の手をぎゅっと握ったまま俯いている姿に、心臓がどくりとなって体が熱くなっていくのを感じた。
どうしてここに居るのかはわからない。もしかしたら都合のいい夢かもしれない。それでもじんわりと涙がにじむのはこの繋がれた手のせいだ。

「なまえ、くん……?」
「退くん…!熱大丈夫?つらくない?」
「熱?ああ、だからか…」
「廊下で倒れてて、僕のせいだよね…、ごめん…本当にごめんなさい…」

俺が起きてしまったからなのかつないだ手をさっと放す。それだけで心細くなる俺なんて気づくわけもなく。
おでこの手ぬぐいをすくわれて、ちゃぽんと水音がする。ぎゅっとしぼったそれをまたのせられるとひんやりとして気持ちが良かったけれど。
なまえくんは看病をしてくれていたのか。じんわり滲んだ目でその様子を捉えれば、多分俺よりもつらそうな、もはや死にそうな表情をしていて少し笑ってしまう。

「熱出して良かったかも。なまえくんに会えるなら最初からこうしてればよかった」

思ったままの言葉だった。単純に会えたことに嬉しくなってしまった。どうしたら責める心を軽くしてやれるのか、熱に浮かされた頭じゃうまく思いつかない。ただそばになまえくんがいる、それだけを喜んだ。
あ、なんかこの感覚知ってるかも。いつかの君の気持ちとおんなじだ。
事件に巻き込まれて屯所に来た君は、それでも俺の部屋に来れて嬉しいと言っていた。それとおんなじだね。

「でも、全然格好つかないや」

俺は鼻水をすすって笑った。

「こんな俺じゃもう、なまえくんに好きになってもらえないかな」
「僕は……、どんな退くんだって…」

言葉に詰まってしまったなまえくんが、唇を噛みしめる。その続きが聞きたくて、じっと見つめていた。

「たくさん迷惑かけて、そばにいる資格なんてないよ。それこそこんな僕なんか……」
「好きになってもらえないって?」

こくりと頷いた。俺たち全くおんなじ気持ちじゃないか。

「それでもやっぱり好きだって思ったのは、俺だけかな」

体を起こせば一気に視界がわるくなる。頭の痛みも、このだるさも、もうなんだっていいよ。
だってなまえくんがひとり、あの部屋で感じた痛みと比べたらどうってことないじゃないか。

「全部俺のせいなのに離したくないなんて都合良いよね。でもなまえくんのことが好きでしょうがないんだ」
「………っ、退くんは何にも悪くない。僕が…、諦められないままいるせいだ」

手を伸ばす、その先の表情はわかるだろ。

「俺たちずっとおんなじ気持ちだったね」

その言葉に勢いよくなまえくんが抱き着いた。
今ここに、俺の手の中になまえくんがいる。それがなんと幸せなことなんだろうか。
こんなに近くに感じるのはいつぶりだろう。必死にしがみついて声を上げて泣く姿も、すべてが愛おしい。

「……僕、退くんがいないと生きていけないから…っもう、ひとりにしないで……」
「うん、俺も。なまえくんがいないとダメみたい」

その言葉の重さは十分わかっている。首に刻まれた傷を指でなぞって、その目に見えた十字架に口づけた。

「好き。大好きだよ。ずっと好きでいるからなまえくんも、俺のことずっと好きなままでいて」
「……っ、う……そんなこと、言うのやだぁ…」
「もう俺のことなんか信じられない?」
「し、信じたい、けどっ……そんな、夢…?プロポーズみたいで…、勘違いしちゃうから……っ」
「勘違いじゃないよ。一生なまえくんのことを愛するって誓う」

ずっと襖越しに叫んでた言葉、やっと顔を見て言えた。
目を見開いたままのなまえくんの手をとって、その指を口に含んだ。
薬指を噛むなんて、必死過ぎてごめん。歪んだ表情だって欲しい。なまえくんならなんだって欲しくなってしまう。
真っ赤に血がにじむ様子は、まるで指輪をはめられたようにきれいだった。

「俺だけのなまえくんになってください」
「…っ、………は、はい!」

今までの思いに触れるように、そっと口づける。久しぶりのキスが鉄の味なんて、俺らっぽいかな。

「ずっと退くんとキス、したかった…、夢なのかなぁ。もう今日死んでもいい……」
「夢じゃないよ。俺はこれからもっとなまえくんとキスだって、その先のことだってしたいんだけどな」
「も、もし……!退くんが僕のこと嫌になったらいつでも死にます」
「シャレになんないんだけど。俺たちは墓まで一緒、わかった?だからちゃんと生きて」
「墓まで一緒………えへへ…」

なまえくん的にはこっちのワードのほうがトキメキ度が高かったらしい。生きてって言葉ちゃんと聞いてる?
赤い薬指と俺の顔を交互に、まるで宝物のように見つめて、心から嬉しそうな顔をして笑う君が愛おしい。

「退くん、大好きだよ」



***


翌朝、めちゃくちゃ悪化した。本当かっこつかねー…
いくら冬ほど寒い季節ではないとはいえ、それなりに体を弱らせていく行為は副長から思いっきりお叱りを受ける原因となった。
俺38度あるんですけど?すっごいボリュームで怒ってますけど?こちとら病人だというのにこの仕打ちだ。
仕事があれば無理をしてしまうが幸い今は落ち着いている。無事に貰えた休み、ただし自室でのみ有効という言葉にありがたく横になる。

「みょうじ、お前はなんともねーのか」
「僕はなんとも…、あの、いろいろご迷惑をおかけしました」
「よくわかってんじゃねーか。その分こいつから搾り取ってやるからな。山崎、とっとと治せよ」
「なまえくんがいてくれるのですぐよく治ると思います。あっでもこのまま治らなかったらずっとなまえくんといっしょかぁ、どうしよ……なまえくん、とりあえず添い寝してもらってもいいかな」
「えっ…うん、がんばるね…?」
「ついに頭がお花畑になっちまったようだな」

なまえくんがそばにいる事実にニヤニヤしていたら副長はツッコむこともせず、ただ憐みの目を向けている。
すると突然、部屋の障子が爆音とともに吹っ飛ばされた。副長をギリギリかすめたそれ、そんな事するのは一人しかいない。

「ありゃ、熱出したってーから楽にしてやろうと思ったのに。何でまだ白装束着てねーんだ土方」
「総悟テンメェエエ!白装束って死んでんじゃねーか!そもそも寝込んでんのは俺じゃなくて山崎だわ!」

ちらりと俺のこと見て鼻で笑った。あの、俺病人なんですけど。外の風ガンガン入ってきてんすけど。マジで治るもんも治んないんですけど。

「かっこつけといて部屋の前にいんの笑ったわー」
「あ、あれは…!」

あの時なまえくんが沖田隊長と手を繋いでんの見てそりゃあ嫉妬したさ。自分の部屋にひとり、戻ればわーっとなって、ほんのちょっとだけ悔し涙とか流したりもした。いや信じてるけど!それとこれとは別っていうか…かっこつけた手前ホントどうかと思うけど、やっぱり今すぐ沖田隊長からなまえくんを奪いたいと思ったんだ。
だから熱っぽいのは気持ちが昂ってるせいだって思ったけど、結果的に多分一番ださいことになった。まさか部屋の前で倒れるなんて。

「お前が邪魔しなきゃやれたのによ」

何をだ?!やれたとかぬかしやがってぇええ?!
いや、ここは冷静に。なまえくんは俺のものだし?そもそもそんな過ちを犯すはずなんかない。

「そんなことするわけないじゃないですか。ねぇなまえくん」

目が合わない。え、うそ。マジなやつ?
副長もあれ?これまずいんじゃね?みたいな雰囲気だしててやばい。やめてやめて。あんたはどっしり構えてくださいよ鬼の副長だろ。頼むよ。

「あのね、僕は退くんに好きになってもらえるほどいい子じゃなかったよ」

いい子じゃなかったよ…?

「退くん以外の人とたくさんお話したし、総悟くんとお風呂入ったりおんなじ布団で寝たよ」
「いや、でもそれだけでしょ?そんくらい別に、ねぇ副長?」
「お、おう。そんくらいセーフだ。屯所にゃそんなん山ほどいっから。なっ山崎」
「でもちょっとだけだめなこともしちゃったと思う」
「「ちょっとだけだめなこと」」

副長と声が重なる。
今更なまえくんは俺を試すような真似はしないだろうし、ともすれば語られる言葉は事実のみだろう。
沖田隊長は悪い顔をして口を開いた。悪魔。クソ悪魔!

「そうだぜ。俺ァなまえとキ…」
「あーーーーーきこえねーーーーー!」
「うっせえわ土方。いいか、俺ァなまえとキス…」
「あーーーーーきこえないーーーーー!」

あーあー叫ぶ俺たちを遮るように大きな声が響き渡る。

「本当は、キス!……しそうになったの」

キスの言葉に天を仰ぐ。神様はなぜこんな試練を与えるのですか。俺のなまえくんをこんなに悩ませて何がしたいんですか。あ、でも待って。一筋の光が見える。

「しそうになった…、って未遂?」
「うん、でもこんなの許してもらえないよね」
「嘘つけなまえ。とびっきり濃厚なやつしてやったの忘れたのかィ」
「し、してないもん!嘘言わないで!」
「なら今この場で思い出させてやるよ」

なまえくんの顔に手をあてた沖田隊長に、息を荒くしながら奪い返す。なまえくんは自分のした事を後悔しているのか悲しそうに、それでいて俺の様子を伺うように涙目になっている。うっかわいい。こんな顔されたらなんでも許しちゃう。じゃなくて、例え朝から晩までなまえくんと一緒にいて話したり、同じ布団であの可愛い寝顔を堪能して、なんならご飯も食べさせてあげて?お風呂ですみずみまでその体を見たとしても、だ。なまえくんが嘘をつくわけがない。恐らく純潔は守られている。それ以上に何を求めよう。

「俺はね、こうやってそばにいてくれるだけで嬉しいんだよ。仮にキスしてもしてなくても気持ちは変わらない」
「僕こんなに汚れちゃったのに、それでもいいの…?」
「その分俺が上書きしてあげる。俺でいっぱいになって」
「退くん…!」
「なまえくん…!」

とろとろに溶けた瞳が俺を求めて、手をぎゅっと握った。唇が触れそうな距離に熱が上がる。

「おーい俺たちがいんの忘れたか」
「汚れたって何でィ。てめーぶち犯してやろうか」

青筋を立てた副長と舌なめずりをする沖田隊長。とんでもないこと言ってる。マジでやばい。マジでやばいよこれ!?
俺はなまえくんの手を取って立ち上がると、ふたりから逃げるように走り出す。
後ほどこの行為によりますます熱が上がって死にかけるのだった。
でもなまえくんが帰ってきてくれたならそれでいいや、と思ってしまうあたり脳内お花畑なのかもしれない。

 
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はじめ