近づかせた距離
今日もなまえくんの少し前を歩く帰り道。
帰宅時間うまく被らせただけなんだけど、一緒に帰ってるみたいで俺はこの時間が好きだった。本当は隣を歩きたいけど、君の目に写っていると思えば自然と背筋もぴっとする。いつも通りエントランスのドアを開けても、同じエレベーターには乗ってこないから、自分の住んでいる階に着いたら少しだけ待ってゆっくり歩く。そうすればなまえくんがエレベーターから上がってきて距離が近づく。今日は鍵だってもたついて取り出せないふりしちゃおう。たまには一言くらい話せるかも、と内心期待して。

「あ……っ、こんばんは…」
「こんばんは。おんなじ時間でしたね」
「そ、そうですね。それじゃあ……あれ、え?!」

なまえくんの驚く声がする。ついに攻略イベントが発生したか!?

「どうかしました?」
「あっ、えっと……なんか電気つかなくて。なんでまっくらなんだろ…」
「うーん、故障かな?中はつきます?」

実はなまえくんの分も電気代払っとこうと思ったんだけどさ、ちょ〜っと賭けようかなって。先月からしっかり公共料金の請求書を抜いておいたし、玄関だけじゃなくて中も電気が点くわけない。ごめんね。後でまとめて払っとくから許してね。

「中もだめです……ええ、なんでぇ……」
「請求書って届いてました?引越しの時に切り替えとか手続きしてるから大丈夫だと思うけど」
「そういえば請求書届いてなかった、かも…?引越したばっかで全然気にしてなかった」

自分の確認不足だと涙目になるなまえくんがかわいくって仕方ない。ホラー苦手ってSNSで呟いてたから、しっとまっくらじゃなんにも出来ないね。誰かに助けを求める前に俺が先に救ってあげる。

「困りましたねぇ……そうだ!とりあえず今日はうち泊まってください。ちょうどこれからご飯も作ろうと思ってたんで」
「そんな悪いです!誰か泊めてくれる人探しますから!」
「お隣さんなんだから遠慮しないで。困った時は助け合いですよ。今から人探して荷物まとめるのも面倒だと思いません?」
「うう、でも……」

申し訳なさ全開で渋るなまえくんの手をとって、なかば無理やり家に連れ込んだ。ぐいぐい行ってしまえばこの子は断れない。考える隙を与えずここに居るしかない状態を作ってしまおう。

「俺ご飯作っとくんで、先にお風呂どうぞ」
「僕も手伝います!むしろ作っておくのでお風呂入ってください!」
「いいからいいから。めったに人泊まりに来ないからちょっと楽しいんです。せっかくなんでおもてなしさせてください」
「あ、う……じゃあ…着替えとかうちから取ってきます」
「取りに行くの面倒だし俺の着ていいですよ。ほーら、用意しておくから遠慮してないで」

背中をぐいぐい押してお風呂のドアまで連れ込むと、観念したのか抵抗する様子を見せなくなった。俺がその場から離れると、申し訳なさそうにドアから顔を出して発した言葉に心臓がうるさくなる。「あとでいっぱいお礼させてください」って何する気だよ。体か?体でなのか?

しばらくして聞こえてきたシャワーの音に安心して、思わずガッツポーズをする。ようやくなまえくんに近付けた!今俺の部屋にいる!なんて幸せな日なんだろう。綿密に立てた計画はようやく始まりの1歩を踏み出した。あとはこの日のために練習した手料理で胃袋を掴んで、何でもよしよししまくって好印象を与え続けよう。今日は恐怖心を取り除いて、俺に慣れさせることまでがミッションだ。

ガチャリ。扉が開く音と共に振り向けば、お風呂上がりのなまえくんがいた。彼シャツかわいすぎる。ちょっと大きいの渡しちゃったからダボついててかわいい。袖まくっててかわいい。なにもかもかわいい。かわいすぎて泣きそうかも。

「あの、お風呂ありがとうございました」
「服大きかったですか?」
「ちょっとだけ……でも大丈夫です。下着までいろいろすみません」
「ううん気にしないで。ご飯もちょうど出来たんで食べましょ」
「ありがとうございます……わああオムライスだ!」

予想通り目を輝かせて笑ってくれた。君が好きな食べ物なんかもちろん、なまえくんのことならなんでも知ってるからね。食器を出したり簡単なことを手伝ってもらうと、ちょっともたついてる感じが新鮮だった。昔のなまえくんは俺のためっていろいろこなせるようにしてたから。でもこの雰囲気、懐かしいな。あの頃に戻ったみたい。ひとくち食べる度に、おいしいと言って笑う君が愛おしくて仕方ない。少食なところも変わらない。なまえくんはなまえくんのままだ。

「ね、もう少し食べれます?良かったらこれ…」

渡したのはなまえくんの好きなコンビニデザートだ。

「最近ハマってて、つい買っちゃうんです」
「僕もこれ好きです!美味しいですよね!」
「ほんと?なまえくんも好きだったなんて奇遇だなぁ」

まぁ全部知ってるけど。甘いものは別腹なのか、笑顔でデザートを食べだした。

「そういえば、僕のこと名前で呼んでくれてるんですね」
「あ、ごめん。つい年下だし、弟みたいで可愛いなって思っちゃって……嫌でした?」
「いえ嬉しいです。僕あんまり友達いないから余計に」
「そしたら俺のことも名前で呼んでください。せっかくの縁だし仲良くしてくれたら嬉しいな」
「でも年上の人にそんな……」
「んー、じゃあ今日のお礼に今後も仲良くしてもらうってことで」

ついでにタメ口で話すこともしれっと追加して、申し訳なさそうな様子がかわいい。山崎さん呼びも良かったけど、俺は早く距離を縮めて俺の物にしたいんだ。そんなどろどろした感情も知らずに、困ったように笑う姿に少しずつ満たされていく。

「ごちそうさまでした。僕、食器洗っておきますね。山崎さんお風呂どうぞ」
「山崎さん?」
「…………さ、退さん」

えへへと恥ずかしそうに笑う姿がかわいくて、俺までにんまりと笑ってしまう。こんなんもう付き合ってるじゃん!なまえくん好き!大好き!今世でも必ず君を幸せにするよ!と誓いながら名残惜しいが風呂場へ向かう。あまりの幸福感に落ち着かなくて1回抜いた。だってこのまま戻ったらぶち犯す自信しかない。なまえくんといっぱい話したくて、すぐ出たかったけどアレがアレなのでちょっとだけ長風呂してしまった。

「なまえくん…?」

ソファで目を瞑ってる姿が目に入って、じっと見つめる。待たせてごめんね。それにしてもなんにも変わってないな。人に慣れてなくておどおどしたとこも、少食気味なとこも、お風呂の後の髪の分け目も全部あの頃のまま。やっと、やっとこんなに近くにこれた。俺は我慢できなくて、すやすや眠るなまえくんに口付けた。

「なまえくん、好きだよ」

俺のこと今は覚えてないかもしれないけど、出会えたのは運命だから絶対に俺のそばから離れないでね。

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はじめ