手のなかで輝く
沖田隊長って今世だとなまえくんと同級生なんだ…うわ羨ましい。あの人ずっといい位置とってんだよな。がやがや騒がしい居酒屋にそぐわない声を、イヤホンから聞けるのもなまえくんの鞄に盗聴器を入れたからだ。
「お隣さんは山崎さんって言うんだけどね、すっごいいい人だったんだよ!」と上機嫌に笑う声と、少し不機嫌な様子の沖田隊長。俺の名前を出されたからなのか、なまえくんに何かしらの気があるからなのか。
「こないだ困った時にお世話になったんだけどね、ご飯も美味しく作れて、お風呂も用意してくれて、ほんっとうにやさしかったぁ…」
「独身なげえからこじらせてるだけだろ。ズリネタにされねえよう気をつけな」
「男同士なんだから大丈夫だよぉ。あんな優しいんだから彼女くらいいるって」
「山崎っつー名前の奴ァ、だいたい地味でねちっこいストーカー癖のクソ童貞なんだよ」
あ、これ絶対に記憶あるパターンだわ。俺のことすごいボロくそに言うじゃん。しかもなまえくんにそんな下品なこと言うのやめて!あと彼女はいません!
「あーあ、僕も恋人ほしいなぁ。総悟くんが僕のこと童貞って言いふらすから彼女できないんだよ」
「新品未使用が夢見てんの笑える。俺が付き合ってやろーかィ」
「何回言われてもやだよ!総悟くんのいじわる!」
これはまずいかもしれない。沖田隊長は完全になまえくんのことを狙ってる。わざと孤立させて囲ってじわじわと自分を売り込む。なまえくんは冗談だと思って拒否してるが、察するにこれが日常になっているようだ。まずい。俺の存在が知られた以上、早く手を打たなくては。
帰り道、今日もコンビニで鉢合わせてみた。話しながらしれっとお酒コーナーに誘導して、カゴにお酒を放り込めばなまえくんは険しい顔をしていた。
「ビール……」
「ん?ああ、仕事終わりにはこれだよね」
「飲めるの羨ましいなぁ。苦いからいつも飲みきれなくて」
「よかったら飲む練習する?宅飲みしようよ」
飲めなかった分は俺が飲むし、と付け足せば目をキラキラさせている。お酒飲めるのカッコイイとか思ってるんだろうな。焦って飲めるようになる必要もないけど、まだそういうのに憧れる年頃だろうから。なまえくんは甘いお酒なら好きって知ってるから、度数の弱いアルコールも何個かカゴに入れておく。無邪気にお菓子を選ぶ姿は俺と正反対で、でもそこまでして君を手に入れたいから自分を正当化していく。だから君の好きな物を俺も好きって言うよ。俺たち同じだねって、作られた運命でも。
肝心のビールは半分も飲めなかった。ひとくち飲んだだけで眉間にシワをよせて、ちょっとだけ頑張ったのを褒める。そんなもんだよってわかったふりしながら間接キス。だけど全然気にしてないから、もっと意識してもらうことが今日のミッションだ。
「なまえくんはよく飲みに行くの?」
「たまに同期の子と行くくらいかなぁ。あんまり飲めないけど居酒屋のご飯は好きで」
「居酒屋もいろいろ食べれるからいいよね。あ、彼女とは?いつもどこ行くの」
ごめんね、むくれた顔は狙い通りだよ。
「彼女いないもん」
「嘘じゃん!今いないだけでしょ?」
「いたことない。退さんこそいるでしょ?」
「残念ながら俺も彼女いないんだなぁ」
「嘘だぁ!みんな見る目ないねぇ、こーんなにやさしくてかっこいいのに!」
じゃあ今すぐ幸せにしてあげるから付き合ってよ、なんて言葉は飲み干す。今日は意識させるところまでって決めたじゃないか。距離を縮めすぎたらきっと踏みとどまってしまう。
「付き合いたい理想のタイプとかある?」
「……やさしい人がいいなぁ、退さんみたいに」
「俺そんなにやさしくないよ?」
君のことを無理やり手に入れようとしてる奴なのに。そんな奴が嬉しくなる言葉を気づかずに吐いて、どうなるかわかってないんだ。酔い覚ましにお水を進めても、まだ飲みたそうな顔をしてるからお菓子を口に放り込んでやった。そうすれば更にごきげんになって愛想を振りまく。
「退さんの彼女になれる人が羨ましいねぇ」
「それ便利なだけじゃなくて?はい、あーん」
俺がお菓子を食べさせるのが当たり前とでもいうように、なまえくんは口を開けておねだりをしている。今すぐにでもその唇を塞いでやりたい。この指で君のなかを触って、どろどろにして暴きたいのに。意識させてやるつもりが、逆にどきどきさせるようなことばかり言いやがって。なまえくんは本当にずるい。
それから理由をつけて家に連れ込んだ。ゲーム買ったから遊ぼう、話題の映画レンタルしたから見ようとか。そのまま流れで一緒にご飯を食べる。最近は自分から時間を合わせてくれるようになった。隣に住んでるからお風呂はすませて来ちゃうし、寝る時は帰っちゃうけど、これを半同棲と呼べたらいいのに。
なまえくんの家にお呼ばれする機会も増えた。何度来ても懐かしいかおりがして、干してある洗濯物にだって興奮する。もう32歳なのに。あの頃みたいに俺専用のマグカップを置いて、ひとつずつピースが埋まっていくのにあと少しが足りない。だから今日はもう少し踏み込みたくて、宅飲みしながら同僚が男が好きだった話をしてみた。俺は偏見ないよってアピールもかねて。ただし思っていた表情と違っていて、それの意図を探る。
「なまえくんはちょっと苦手?」
「あ、えっと……男同士ってどうなのかなって思って……」
「別に何も変わらないんじゃない?」
「でも変じゃないのかな…」
「俺は好きな子が隣にいてくれれば、それだけでいいと思うよ」
たしかに本人達が幸せならそれでいいねって納得していたけど、まだほんの少し悩んでいるような。だからわざと男同士っておしり使うらしいよ、なんて下世話な話して空気感を変えた。机の上のお菓子はいつもより残ってたけど。
それから初めてなまえくんの予定を断ってみた。残念そうな顔をしていたけど、聞き分けのいい子だから深くは聞かれない。俺もあえて理由は伝えなかった。そしてなまえくんが帰るくらいの時間に、同僚と俺の家へ向かう。たいして面白くない話を大袈裟に笑って、君の知らない名前をたくさんつぶやいて、いつも君がいた場所をわざと塗り替えるふりして歩いていく。ぽつんとひとりで立ってるの、本当は知ってたよ。俺も同じくらい胸が痛いから許して欲しい。
次の日の朝、ごみ捨てに出たら目元を真っ赤にしたなまえくんと会った。タイミングずらしても無駄なのに。見られたくなかったのかすぐ俯いて、あからさまな態度にくすぐったくなる。
「おはよ」
「おはよう、ございます」
「どうしたの?目、はれちゃってない?」
「んー……っと、こわいゆめ、見ちゃったからかな」
そのまま一緒に戻ろうとすれば、歩幅がズレていく。結局は同じエレベーター乗るのにね。
「昨日うるさくなかった?会社の奴が近くに住んでてさ、久しぶりに家で飲んでたんだ」
「……そう、なんだ」
「あいつ前はそこそこ来てたんだけど、久しぶりに盛り上がって楽しかったなぁ」
いま君の心のなかは今ぐちゃぐちゃでどうしようもないよね。だって階に着いても歩きだそうとしないもん。
「なまえくん大丈夫?」
「大丈夫、です」
「嘘つかないでいいよ。本当はどう思ったの?」
「っ………」
答えられないのは正解を探しているからだろう。君が思っていることが正解なのにね。今にも泣き出しそうななまえくんの手を取って、一緒に俺の部屋へ入ると鍵を閉めて体をドアに押し付けた。俯いていて表情は分からないけど、ぐすっと鼻を鳴らしてる。
「俺が他の人と仲良くしてたらやだ?」
「そんなこと、ない」
「本当に?俺はなまえくんの気持ちが知りたいな」
「…………僕のこと…嫌じゃ、ない?」
「嫌じゃないよ」
「でもこんな、泣いてめんどくさい奴より……、会社の人のほうが好き、でしょ」
なんだそれ。今すぐ抱きしめたい。こんなのもう好きって言ってるようなもんだろ。ぎゅっと握りしめた手を取って、気持ちを伝える。
「俺はなまえくんが一番だよ。一緒にいて楽しいし、正直めんどくさいのも全部可愛いって思ってるから」
「めんどくさい…」
「あ、変な意味でとるなよ!なにされても可愛いってことだから!」
「………ぼく、退さんと一緒にいるのが当たり前になってて、だから……その、もっとかまって、ください」
かまう!かまい倒す!でもそこは好きって言えよ!とりあえずここまでなまえくんの心のなかに入り込めたんだ。あと一歩届かない残念さはあるけど、この実質付き合ってるみたいな期間も楽しい。ほら、前はいろいろすっ飛ばして体から付き合っちゃったし。
「なまえくんは特別ね」
ケースからひとつ鍵を取り出す。
なまえくんと、俺は、やっと目があった。
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