みょうじなまえは最近来るようになった若い男性客だ。すでに3ヶ月で5回も来ているから、ここでは珍しく常連の枠に入る。決まって毎回、肩が重くて取り憑かれてる気がするとのこと。実際憑いていることが多い(らしい)ので除霊をしている。そして明らかに芹沢のことを好いている。ただ、金払いが良い客を逃すのも惜しく、芹沢が気づいていないのであれば当面は様子を見ようかと思っていた。

「さっき来てたみょうじさんですが、こんなに取り憑かれる方も珍しいですね。しかも…… 」
「何だ?気づいたことがあるなら言ってみろ」
「俺の気のせいだったらいいんですが、段々と質が悪い霊が憑いてる気がするんです」
「俺様もなーんか妙な気配を感じるぜ」

エクボが言うには「体をよこせ」から「体くれるんだろ」って霊が変わってきているらしい。頻繁に来ていること、取り憑かれる意味が変わってきていること、それを重ねればどう考えたって怪しい。

「エクボ」
「気が向いたらな」

これは本人の問題だ。俺たちがとやかく言うことでは無い。しかしわざと霊を使うような真似をするのであれば、いつかきっと痛い目を見る。

「なにか訳があるんですかね」

ほぼ絶対お前絡みだろうけどな!しかしそんなことを言える訳がない。その場は濁したものの数日後、エクボから聞かされた言葉に俺たちは決断する。

「あいつわざと取り憑かれに行ってるぜ」
「わざとですか?!いったい何のために……」
「((お前!お前だよ!))」

恐らく俺とエクボは同じことを考えている。芹沢だけがうんうん唸りながら原因を探そうと記憶を辿る。間違いなくたどり着かない答えへ導くこともできず、一旦みょうじのことをどうするか会議を開く。客を失うのは惜しいが、このままだと遅かれ早かれ死んでしまうだろう。流石にその天秤は分かりきった答えだった。



「みょうじさん、あなた私たちに隠してることがありませんか?」

明らかに目が泳ぎ出して挙動がおかしくなる。わっかりやすいなコイツ。俯いて黙ってしまったみょうじに追い打ちをかける芹沢。

「もしかして何か理由でもあるんですか?よければ話してください」

待て待て、告白大会なんかされたら無理なんだが。モブがいなくてせめて良かった。ただ危ないことはしませんってだけ言質が取れればいいんだよ。軌道修正だ。

「理由はともあれ随分と危険なことをされてるように思います。今は何とかなっていますが、タチの悪い霊にいつ遭遇するかもわからない。一切辞めた方が良いですよ。さすがに死にたくはないでしょう?」
「もし何か困ってることがあるなら聞かせて欲しいです。俺にもできることがあるかもしれないし…」

だから!理由話すとややこしいことになるんだよ!芹沢には黙っとけと言っとくべきだった。むしろ芹沢が居ない日に済ませるべきだった。でも芹沢いないと予約の段階で変えられちまうんだよな〜、俺なんでこんなことしてんだろ。

「………会いたかったんです」

ちいさな声で呟くと、涙をこぼした。

「芹沢さんに」
「俺?!霊幻さんじゃなくて?!」

途端にあわあわ戸惑う芹沢は、あれこれ可能性を出すが微塵もあっていない。こいつは就職先を探してるわけじゃない。元爪の構成員でお前を探しに来てなんかない。母ちゃんが内緒にしてた生き別れた弟でもない!お前の予想は全部外れてるぞ!

「もう危ないことするのは辞めます。でも会いに来たいです…、っ相談料はちゃんと払うので……」
「それはここに来て茶ァ飲むだけでもいいってことか?」

頷いてるけどマジかよ。雑談で万札が手に入る?!どう考えてもおいしいだろ。

「そこまで言うなら仕方な…」
「だめですよ。若い子がそんな大金使うなんて親御さんが知ったらなんて思うか。もっと大事なことがあるだろう」

あ、こいつフラれたな。みょうじの言うことは筋は通ってる。ここに通うためにちゃんと金を払うなら、俺たちは仕事としてそれを受ければいい。だが芹沢の言い分も真っ当だとは思う、思うが気持ちを否定するようにも捉えられてしまう。現にみょうじはぽかんと口を開けたまま、現実を受け入れられていない。徐々に頭の整理がついたのか一筋の涙が伝うと、そのままひどく泣きじゃくって嗚咽まで漏らしている。正直すごく悪いことをしたような気持ちだ。俺なんにもしてないのに。なんならみょうじの命救ってるのに!

「ああ、泣かないで。そんなに泣かれると困っちゃうよ」
「ごめん、なさ…ひっ……うう……っもう、会えないって思ったら………っうああ」
「………霊幻さんたまにならいいですか?」
「……………………たまになら」

男の泣き落としも有効なのだと、俺たちは初めて知った。